【経済学者・岩井克人氏に聞く】トランプ政権誕生と生成AIの衝撃――2025年、日本の針路は?(前編)
コロナ禍で気づいた「社会契約論」の意味
同様に、これは私自身、コロナ禍を機に、高校の教科書にも出てくる「社会契約論」が何を言っているのかをはじめて理解しました。「自由を実現するためには国家の媒介が必要だ」ということなのです。 「自由」とは、ルソーやカントに従えば、自律性、すなわち「自分で決めた規則に自分で従うこと」です。 しかし、自由放任主義の下では、内面の倫理しか、自分で決めた規則に自分を従わせることはできません。倫理的に弱い人間ならば、自分で決めた規則ですから、自分に都合が悪ければ、自分で簡単に破棄できます。他人のものを盗むなという規則を私が私に課しても、空腹に耐えきれなくなった時には、私は私に対するその規則を免除して、他人の食べ物を盗んでしまうかもしれない。すなわち、自由放任主義の世界とは、万人が万人の敵となる戦争状態となるということです。ですから、国家という媒介が必要なんです。国家の下では、各個人は法律を決定する主権者と法律に従う国民という二つの役割を同時に果たすことができる。国家を媒介として、自分で決めた法律に自分で従うことが可能になるのです。それによってはじめて、自分のものを自由に使える自由をすべての人間が手にすることができる。自由放任主義の下では、自由は成立し得ないのです。 ところが、アメリカは自由放任主義に向かってしまった。コロナ禍の際に大統領だったトランプは「マスクをするのは男じゃない」などというメッセージを発し、万人が万人の感染源となってしまい、世界で最もコロナ死者数の多い国になってしまいました。そういった自由放任主義が格差拡大と社会の分断を生んでディストピア化し、今やアメリカでは民主主義がほとんど崩壊の危機に瀕しているわけです。
日本は「株の国」に向かうべきか?
――2024年、日本は新NISAで沸きました。しかし、日本はアメリカのような「株の国」に向かってはいけないということでしょうか? 一概にそうは言い切れません。日本において株式市場を活性化させようという考え方、それ自体は、悪いことではありません。 繰り返し述べられていることですが、日本経済の低迷の理由のひとつは、個人の資産が貯蓄に偏っていることです。日本人は銀行預金の形で貯蓄する率が圧倒的に高い。文化的な面もあるが、デフレの影響も大きく、日本人はあまりにリスクを取らない傾向があります。 金融の本質とは、「お金はあるけれどもアイディアを持たない人」が、「アイディアはあるけれどお金がない若い人」に投資し、そのお金が研究開発やイノベーションにつながることです。それが今の日本には欠けている。だから、リスクマネーを供給する株式市場を活性化させようという意図、それ自体は、悪いことではない。