【経済学者・岩井克人氏に聞く】トランプ政権誕生と生成AIの衝撃――2025年、日本の針路は?(前編)
「一周遅れ」でアメリカを追う日本
話をボーイングに戻せば、その誤った公理の果てに、346人の命が失われる悲劇が起きました。少し極端な言い方をすれば、悲劇の真犯人は株主資本主義である、ということがこの本では描かれています。 もうひとつ、大切なポイントをつけ加えるなら、日本が「失われた30年」の中で、「株の国」アメリカを一周遅れで追ってしまっている、ということです。 ボーイングの悲劇は、株主資本主義が招いた最悪の事例のひとつです。にもかかわらず、現在の日本の会社法は、グローバルで見て最も株主寄りの条文を採用するようになっている。 この本は、株主資本主義の問題点を多数の命の犠牲という衝撃的な姿で提示したことに意味があり、日本が同じ道をたどることの是非について、もう一度、考え直すきっかけを与えてくれるのです。ジャーナリズムとしても第一級の読み物であり、私自身、非常に勉強になりましたし、これからの世界と日本のあり方を考える上で欠かせない一冊です。
「自由放任主義」がアメリカの民主主義を壊した
――アメリカの現状から私たちが学べることは何でしょうか? 『Autocracy, Inc.』的な強権主義国家化にしても、『ボーイング 強欲の代償』の株主資本主義にしても、共通しているのは、アメリカが自由放任主義の結果、ディストピア化したということです。 よく学生にも言うのですが、人間にとって「自由」の最大の敵は――一方では、社会主義、そして共同体主義があるわけですが――「自由放任主義」である、ということです。 かつて私が『不均衡動学』で書いたことですが、アダム・スミスを祖とする市場万能主義、つまり「神の見えざる手」の信奉も、やはり理論的な誤謬であるのです。 アダム・スミスは、市場経済では一人一人の自己利益の追求が全体の利益を上げる、と主張したわけですが、「貨幣」の存在を無視しています。市場というものは、貨幣の媒介を絶対に必要としますから、そして貨幣とは自己循環論法の産物ですから、本質的に不安定さを内包している。ですから、市場の仕組みをうまく機能させ、個人や企業が自由に経済活動を行えるためには、「神の見えざる手」にまかせるだけでなく、補完的な仕組みが絶対に必要なのです。それが何かと言えば、政府による規制や、中央銀行による景気のコントロールです。 そのように、個人の「自由」の追求のためには、自由放任主義は逆に障害になる。公共的な存在による補完が絶対に必要だ……というのが、『不均衡動学』の大雑把な思想です。