【衆院選で並ぶ「最低賃金1500円」公約】私たちが幸福になれない3つの問題
最低賃金は名目値
第3は、最賃は名目値だから、これで実質賃金が上がるかどうか分からないということだ。ただし、最賃を上げすぎた結果、物価も上がれば最賃を上げて雇用が減るということにはならない。なぜなら、企業にとって大事なのは、実質賃金で名目賃金ではないからだ。 すべての物価が上がれば企業の生産物の物価も上がって労働コストの負担も減る。最賃を上げれば物価も上がって、生産性上昇率以上に賃金が上がっても大丈夫になるという訳だ。ただし、最賃を上げて物価が上がるかどうかは分からない。 最賃を上げたらどうなるかを、韓国と日本の経験から考えたい。
韓国と日本の賃金引き上げの実験
韓国では17年の文在寅(ムン・ジェイン)政権の樹立とともに最低賃金を17.5%引き上げた。それ以前の最低賃金引き上げのトレンドが年7%程度だったから倍以上の引上げ率だ。 これで韓国の失業率が上昇すると予想されたが、3.5%程度の失業率はわずかに上がっただけだった。その後5%近くまで上がったものの、それはコロナショックのせいで最賃の引き上げで上がった訳ではない。 17.5%の最低賃金引き上げのショックが小さいのは、韓国のトレンドの物価上昇率が2%で実質GDPの成長率が3%だからだ。最賃の引き上げも、あわせて5%までは問題がない。企業は、平均では3%の生産性上昇率と2%の自社製品の値上がりを享受しているからだ。最賃のトレンドの7%の引上げとは2%分の努力をしなさいと言うことだ。17.5%でも3年たてば企業にとっての最賃引き上げのショックはほとんど消える。 ところが、日本の物価は1%、実質GDPは1%の上昇にすぎないから、7%の引き上げは5%分の企業努力が必要と言うことだ。しかも、一回だけではなく、毎年7%上げていく。これはかなりつらいのではないか。 日本でも賃金の無理やりの引き上げを試みたことがある。90年代の初期、週44時間労働から40時間労働へと労働時間を9%低下させた。これは、意図した訳ではないが、時給を9%上げたのと同じである。結果は、大停滞の始まりである。 大停滞がこれだけで起きた訳ではないが、賃金上昇が雇用を削減したことは間違いない(原田泰『日本の「大停滞」が終わる日』第8章、日本評論社、2003年、参照)。これは最賃の引き上げではなくて、正規労働者の時給を上げた訳だが、賃金の上昇が雇用を削減した例である。