「日本初のろう理容師」なぜ 評伝ではなく小説に?『音のない理髪店』著者・一色さゆりさんが語る「小説の役割」
日本初の「ろう理容師」だった祖父の歩みを、作家の孫・つばめが訪ねる――実話に基づいて描いた家族3代の物語である『音のない理髪店』。著者である一色さゆりさんに、作品に込めた思いを伺った。 【マンガ】自傷行為が止められない境界性人格障害の女性が負った「心の傷」 一色 さゆり/1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業後、香港中文大学大学院修了。2015年「神の値段」で『このミステリーがすごい!』大賞受賞。主著は『ピカソになれない私たち』『カンヴァスの恋人たち』など
「コーダ」をもっと知りたかった
――作家のつばめが、ろうの理容師だった祖父の人生をたどる物語です。 私の祖父もろうの理容師でした。家族関係など大部分が異なりますが、作中のつばめの祖父の五森正一のように、徳島で理髪店を営んでいました。 私の父はろうの親を持つ子どもである「コーダ」です。自分や父の来し方に興味を持ち、コーダをもっと知りたいという思いが出発点。聴覚がない親とどうコミュニケーションし、そのことが性格にどんなふうに影響してきたのだろう。作品を書きながら考えたかったんです。聴覚の壁に隔たれた親子を通して、重層的に「聞こえないこと」についても書けるのではとも思いました。 資料を読み、祖父が学んだ徳島のろう学校を取材し、ろう理容の研究者にお話をうかがい、取材を進めるうちにコロナ禍に。手話の勉強ができる場所に行けなくなったこともあり、執筆開始まで4年ほどかかりました。 ――つばめは祖父と家族のルーツを探りながら、出会った人から大きな影響を受け、思いを新たにしていきます。徳島の自然の描写も印象的です。 見えるものを映像的に重ね、登場人物たちの心情を想像してもらえたらと思い、情景描写には力を入れています。高校時代から美術を学んできたことも大きいでしょうね。 専門は美術史や美学でしたが、美術品を分析する第一歩は、客観性を保ちつつ、他の人が気づいていない知られざる特徴を、誰が見ても納得する形で書くこと。複雑な比喩表現は好きではなく、物事の本質を捉える美しい描写を追求しています。