「返ってきた言葉はひどいものでした」2度傷つけられる犯罪被害者 「心情等伝達制度」の光と影 #令和の人権
刑事裁判の法廷では被害者遺族の言葉に被告が答える義務はなく
母親はなぜ、この制度を利用しようと思ったのか。 「刑事裁判のときに、犯人が『謝罪の意味がわからない』と言っていたんです。『クズはクズのままでいい』とも言っていた。だけど、人間だったら心境の変化があるだろう、あるんじゃないかと思ったんですね。人としての心を持っているなら、一言ぐらい、謝罪の言葉が出てくるだろうと。言葉が通じる相手ではないとは思っていましたが……。とにかく、『謝罪』の意味がわかっているかどうかを確かめたかったんです」 制度を利用することにためらいはなかったかと尋ねると、「もちろん、ありました」と答えた。声に涙がにじみ、肩が震えている。 刑事裁判の法廷では、被害者および遺族は意見陳述をすることができる。眼前に立つ加害者(被告人)に対して、怒りや憎しみ、被害の実態を直接、口頭でぶつける。しかし、被告人がそれに対して答える義務は定められていない。被告人がどのように受け止めたのか、確認するすべがないのが現状だ。 この事件でも、母親が法廷に立ち、娘に対する思いや、被告人をゆるせない気持ちを述べたが、被告人が真摯に耳を傾けている手応えはなかったという。今回の制度を利用すれば、ダイレクトに伝えることができる。 悪い結果になることも予測され、弁護士も丁寧に説明し、話し合った結果、母親は利用に踏み切った。母親が言葉を絞り出す。 「ショックでした。これから先もこのような人間を相手にしなきゃいけないのかと思ったらものすごく嫌ですけど、何年かしたらまた私の心情を伝えてみたいと思っています。どういう答えが返ってくるか……」
交通死亡事故の加害者から返ってきた真摯な言葉と対応
「心情等伝達制度」の利用者の中には、交通事故で家族を失った人もいる。過失運転致死の場合、殺人とは異なり、加害者に「この人を殺そう」という意図(故意)があるわけではないが、安全に運転するための注意を怠った(過失)ために罪に問われる。この「故意」か「過失」かという点が、被害者や遺族が心情等伝達制度を利用するにあたって、大きく影響する。 2019年4月、東京・池袋で高齢者が運転する車が暴走し、2人が死亡、9人が重軽傷を負う事故が発生した。運転していた人物は、過失運転致死傷の罪で禁錮5年の実刑判決を受けた。 松永拓也さん(38)は、この事故で、妻の真菜さんと長女の莉子ちゃんを失った。松永さんは、交通死事件の遺族の自助グループ「一般社団法人関東交通犯罪遺族の会(あいの会)」の集まりで、加害者に心情等を伝達できる制度を知り、2024年3月に利用を申し込んだ。 「私も一瞬は、利用しないでおこうと思いました。なぜなら、また裁判のときのように、無罪を主張する返事がくるのではないかと思ったからです。でも、長期的に考えて、いつか『あのとき、制度や権利を使っておけばよかった』と思うのが嫌で、利用を決めました。加害者の今の内面を、可能な限り全部知りたいという気持ちもありました」