天才 ラフ・シモンズはなぜ天才たりえるのか
同時に、テーラードジャケット・コート・ニットなど西洋伝統の服に、アジアを連想させる街並みの会場とシルエットを混ぜ、モードの文脈にオリエンタルスタイルの新しい解釈を刻む文脈価値も生み出していた。 2016年秋冬コレクションと2018年春夏コレクションは、どちらも時代のトレンドにデザイナーの解釈を挟むフォロー型デザインだ。しかし、前者がストリートウェアという同時代の要素にフォーカスされていたのに対し、後者はトレンドであるジェンダーレスに加えて、西洋の服と東洋の服の融合という文脈的価値にもフォーカスされていた。 時間の横軸も縦軸も取り入れ、ファッションの更新を図る2018年春夏コレクションは、シモンズの才能を証明するデザインだ。
歳月を重ねて成熟していった天才デザイナー
その他にも、注目すべき「ラフ・シモンズ」のコレクションはある。メンズファッション最大の見本市 ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Imagine Uomo)で発表された2017年春夏コレクションもその一つだろう。 写真家ロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)が撮影したポートレートを、大胆なサイズでプリントしたビッグシルエットシャツは、シャツという究極にカジュアルでベーシックなアイテムを芸術性高い逸品に仕上げた名作コレクションだ。 「ラフ・シモンズ」のウィメンズラインが本格的に初めて発表された、2021年春夏コレクションも忘れられない。このコレクションではルックと同時に映像も発表されていた。アイテム自体はスレンダーなシルエットでシンプルなものが多かったが、映像に漂う雰囲気はホラー性を帯びていた。低音が鳴り響く中、壁にあけられた穴から女性モデルが這うように登場した様子は、映画「リング」の貞子を思わせる妖しさである。 感動する美しさだけがファッションの価値ではない。2010年代に突入すると、デムナやアンダーソン、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)も加わり、ファッションの美しさとは何かと投げかけるコレクションが次から次に発表された。 その問いに対する答えの一つが、アグリー(ugly=醜い)と称されたファッションだろう。そんな時代に、シモンズはホラー的不穏な妖しさも「ファッションの美しさではないか?」と、まだまだビッグシルエットが人気のシーズンに、スレンダーシルエットを中心にした構成で伝える。 このようにブランド「ラフ・シモンズ」の魅力を物語るコレクションは尽きない。だが、時代に反逆して新時代のスタイルを打ち出すカウンター型だった初期の「ラフ・シモンズ」から、時代のトレンドに新解釈をもたらすフォロー型に変身した「ラフ・シモンズ」の特徴とその天才性を洗い出すため、今回は21世紀を代表するトレンドのストリートウェアとジェンダーレスに焦点を当て、2016年秋冬と2018年春夏の二つのコレクションに絞って展開した。 「ラフ・シモンズ」の最新コレクションが見られなくなったことは、やはり残念だ。願わくばいつか、いつかで構わない。年間10型のカプセルコレクションという形でも構わないので、「ラフ・シモンズ」の最新コレクションを発表してくれたらと思わずにはいられない。さらに成熟した天才デザイナーのオリジナルスタイルが見られる日を願い、今回は終わりとしよう。 AFFECTUS 2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「AFFECTUS(アフェクトゥス)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「SSENSE(エッセンス)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。