天才 ラフ・シモンズはなぜ天才たりえるのか
ストリートのビッグシルエットを「ラフ・シモンズ」に染め上げる2016年秋冬コレクション
ビッグシルエットが猛威を振るった時代。それが2016年秋冬シーズンだ。当時のファッション界をリードしたのは、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)率いる「ヴェトモン(VETEMENTS)」で、デムナ発のストリートウェアが世界を席巻する。少々過激な表現をすれば「蹂躙する」と言った方が正確かもしれないい。それほどまでに凄まじい勢いが、当時のデムナと「ヴェトモン」にはあったのだ。 パリでもミラノでも東京でも、シーズンが春夏でも秋冬でも、ランウェイにあふれるビッグシルエット。一つのブランドのスタイルが、あれほど巨大な影響力を持った事例はファッションの歴史上でも稀だ。 エディ・スリマン(Hedi Slimane)の「DIOR HOMME(ディオールオム)」も同じく世界を熱狂に包んだが、「ヴェトモン」のそれは稀代のメンズブランドを超えていく。このトレンドを念頭に置き、「ラフ・シモンズ」の2016年秋冬コレクションを見ていきたい。 ファッション界を席巻するトレンドに即するように、ファーストルックもビッグサイズのアイテムが登場する。だが、その装いは「ヴェトモン」が提案するストリートウェアとは異なるもの。アルファベットワッペンを取り付けたビッグニットが現れ、Vネックニットの下に着用したシャツも第一ボタンまで留めて、クリーンに着こなす。 以降も、アメリカのカジュアルを代表するアイテムが発表される。先述のアルファベットワッペンのレタードアイテムに加え、裾や袖に身頃と色違いのラインを複数本入れるチルデンニットも現れ、アメリカントラッドではお馴染みのアイテムとデザインが幾度もランウェイを歩いていく。 コートにおいても、ピーコートやステンカラーコートなどの王道アウターが、無地のウール素材とチェック素材という、これまたアメリカントラッドに欠かせない素材がチョイスされて製作されていた。いずれのアウターもシルエットのボリュームに差はあるが、オーバーサイズに仕上げられている。 色彩の点においても、オレンジ・ブルー・レッドといったアメリカントラッドの服に多用されるカラーが、2016年秋冬コレクションの主役であるビッグニットシリーズに使われ、トラッドテイストが徹底されている。 アメリカントラッドは、アイビーリーグと言われるアメリカの名門大学の学生たちが着ているスタイルを指す。瑞々しく新鮮な若さを表すファッションは、シモンズが初期に発表していたスクールファッションと重なる。 ただし、シモンズが発表してきた若者たちのための服には常に暗さがあった。憂いを帯びた若者像を、この2016年秋冬コレクションでは擦り切れたような裾や襟元が表現している。 トレンドに乗りながら、デザイナーの象徴を通じてトレンドとは違うスタイルを示す。それが、シモンズが試みたデザイン手法である。 シモンズは2016年秋冬シーズンのトレンドであったビッグシルエットを自身のブランドに吸収する。しかし、街中で誰もが着る流行のシルエットを、同じく当時のトレンドアイテムだったストリートウェアを代表するフーディやTシャツで表現するのではなく、レタードニットやチルデンニットというアメリカントラッドを代表するアイテムを選ぶことで、シモンズの象徴であるスクールテイストを表現していた。 ファッションデザインには、カウンター型とフォロー型と呼べる二つのタイプがある。カウンター型とは時代の主流だったスタイルに反逆を起こすように、新しい視点のスタイルを発表して、ファッションの地平を切り拓くデザインである。 無装飾のシンプルウェアが特徴だったノームコアの後に、プリントやグラフィックを多用したストリートウェアを発表したデムナはカウンター型に該当する。また、1990年代の「ラフ・シモンズ」は当時の男性の服では珍しかったスリムシルエットを発表し、メンズウェアに革新をもたらしており、初期の「ラフ・シモンズ」もカウンター型のデザインに属する。 一方、フォロー型とはトレンドに即しながら、デザイナーが自身の新しい解釈を加えて、トレンドのスタイルを更新するデザインを指す。 ボリュームたっぷりの服に惹かれても、誰もがフーディーやスウェットが着たいわけではない。ボリューミーな形を、別のアイテム、別のスタイルで着たいという人々もいたはずだ。フォロー型は市場の隠れたニーズに応えるパワーがある。その期待に応えたのが、ビッグサイズのトラッドウェアを発表した「ラフ・シモンズ」の2016年秋冬コレクションだったと言えよう。