「必死でやらなきゃ売れない」呪縛があった――33歳でがんになった漫画家・真造圭伍の休み方
「不幸をくれてありがとう」と思ってしまった
コロナ禍の影響で面会は制限され、妻の漫画家・谷口菜津子が差し入れを持ってきてくれるほかは、誰も訪れなかった。 「人が来なくてよかったです。おかげでネーム描けたんで(笑)。一人になれて、いろいろ自分を見つめられました。その頃、仕事がうまくいっていなくて。全然売れないし、次の連載も思い浮かばないし。がんになって、これがチャンスなのかなって思っちゃった部分はあったんですよね。新しい何かが見えるんじゃないかと、がんになって最初に思いました」 真造は、『センチメンタル無反応 真造圭伍短編集』で入院生活のことを漫画に描いている。そこにはこんな一節がある。 悪性リンパ腫と知った時、こう思ってしまった。 「不幸をくれてありがとう」 「これできっと次の連載が描ける」 ――と。 「とにかく明るくて、入院していても読みたくなる漫画が描きたいと思いました。入院して感じたのが、普通に生きるということのありがたさ。外を散歩できるだけで嬉しい。普通に過ごすって、めちゃくちゃ幸せなんだっていうことを描きたかった。それから自分がどういう漫画やドラマを好きだったかなとか、思い出して。全部混ぜて描こう、みたいな感じでしたね」
そうして入院中に描いたネームが、『ひらやすみ』という漫画になった。「週刊ビッグコミックスピリッツ」編集部のコンペにネームが通り、すぐに連載が決まる。『ひらやすみ』の主人公ヒロトは29歳のフリーターで、定職なし、恋人なし、将来の不安も一切ない、お気楽な自由人。譲り受けた平屋で気ままに暮らす。そこには波乱万丈の人生や、手に汗握るような展開があるわけではない。主人公がどんどん変化していく成長物語でもない。 そんな『ひらやすみ』は今、これまで真造が描いてきた漫画の中でもっとも売れている。編集担当の西尾友宏は、企画の通過から作品が好評を得ている現在までを振り返ってこう言う。 「もっと人とのふれあいがほしいとか、普通の暮らしがしたいとか、そういう純粋な願いみたいなものが、ネームにも漫画にもすごくよく表れていました。真造先生の人生観が作品に反映されていて、いかにも『企画』という感じではなく、商売っ気がないからこそいいのかなと思います」