「キプロス再統合」交渉が決裂 より複雑化する“南と北”の分断
海底ガス田をめぐり新たな対立の芽
冒頭に取り上げた、スイスのモンペルランで開催され、2017年7月7日に国連のグテーレス事務総長が記者会見で決裂を発表した再統合交渉は、これらの困難な問題を抱えたものでした。 交渉決裂に関して、ギリシャをはじめEU、米国などでは「トルコ軍の撤退」に「北キプロス」が難色を示したことを強調し、「トルコの干渉の意図」を非難する論調が目立ちます。これに対して、「北キプロス」メディアでは「トルコ軍駐留は不可欠」という主張が一般的で、トルコ外相もギリシャの「非生産的な態度」を批判する事態に発展しています。 ただし、「トルコ軍の撤退」は確かに重要テーマの一つですが、モンペルラン交渉ではそれ以外の先の3点もほとんど前進しませんでした。それにもかかわらず、「トルコ軍の撤退」に焦点が当たりがちなことは、双方の相互不信が高まる様相を示しています。 2000年代中頃からトルコでは、EU加盟交渉が進まないだけでなく、国内のイスラム化や人権問題に批判的な欧米諸国に対する反発が拡大。シリア内戦でアメリカ主導の有志連合がトルコ国内でも分離独立運動を進めるクルド人の部隊を支援していることは、これを増幅しています。その上、キプロス近海での資源開発が、両派の相互不信に拍車をかけています。 キプロス島南方の排他的経済水域(EEZ)では、キプロス政府との契約に基づき、2008年からアメリカの石油会社ノーブル・エナジーが海底ガス田の開発を開始。これに対して、2011年にトルコはキプロス島南方での海底探査に着手。トルコはキプロスを「国家」として承認していないため、そのEEZを認める必要はない、という立場です。逆に、アメリカやEUはキプロス政府との契約による資源開発を支持。資源開発をめぐるトルコと欧米諸国の摩擦は、キプロス問題をさらに複雑化させる一因といえるでしょう。 分断が長期化し、キプロスのEU加盟や海底ガス田開発など、以前には想定されていなかった状況の変化により、キプロス問題は複雑化しています。さらにトルコ系とギリシャ系の間だけでなく、トルコと欧米諸国の間の相互不信は、現状では深まる一方です。こうしてみたとき、モンペルラン交渉決裂後のキプロス問題の行方は暗いといわざるを得ないのです。
----------------------------------- ■六辻彰二(むつじ・しょうじ) 国際政治学者。博士(国際関係)。アフリカをメインフィールドに、幅広く国際政治を分析。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、東京女子大学などで教鞭をとる。著書に『世界の独裁者』(幻冬社)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『対立からわかる! 最新世界情勢』(成美堂出版)。その他、論文多数。Yahoo! ニュース個人オーサー。個人ウェブサイト