トヨタが描く“マイナス”エミッションの未来 寺師副社長インタビュー(5完)
[映像]トヨタ寺師副社長インタビュー
トヨタ自動車が月面探査プロジェクトに乗り出す。その挑戦は、地上でのクルマ技術を月でも実現する「リアルとバーチャルの融合」だと、豊田章男社長の言葉を借りながら語るのは、副社長の寺師茂樹氏だ。電気自動車(EV)対応が遅れていると揶揄されることの多い同社だが、世界的な潮流である電動化という次世代戦略を、トヨタの技術トップはどう考えているのか。モータージャーナリストの池田直渡氏が余すところなく聞いた。全5回連載の最終回。 【動画】トヨタ、月へ行く 寺師副社長インタビュー(1)
◇ 「次は●●の時代。××の時代は終わった」と言うようなことをトヨタは言わない。トヨタは理想を押し付けない。クルマを選ぶのはユーザーだ。売れるものを決めるのは作り手ではなく、買い手だということをこれほど理解しているメーカーはないだろう。 実際、これが最適だとただメーカー側が吹聴しても普及はしない。それをトヨタは「エコは普及してこそ」と言う。ユーザーに選ばれるであろうエコカーを時間軸で予測しながら、エリアの事情も踏まえて多様に用意する。たとえ内燃機関(エンジン)の時代がほぼ終わりかける頃になっても、それでないと走れない場所はきっと地球上に存在する。中央値から見て進んでいる地域にも遅れている地域にも通用する商品を用意する。それがトヨタの戦略だ。 そして、まだまだ普及の中央に収まるには時間がかかるであろうMIRAIを主軸とするFCV(燃料電池車)について、トヨタは面白いことを言い出した。FCVは大気の汚れを浄化するのだそうだ。
“MIRAIっていうのは空気清浄機です”
寺師:ええ。クルマで貢献したいということと、やはり環境(対応車)は普及して初めてお役に立てると。その中で、自分たちがまだちゃんと説明していなかったっていうこともあるんですけど、FCVは空気をきれいにするっていうのをご存じですか。 池田:なるほど。ちょっと教えてください。 寺師:FCVはスタック(発電心臓部)で化学反応を起こして発電するために、空気中の酸素を取り込んでいますよね。で、残ったものを吐き出していますと。その結果、水素と酸素が化合して水が出ますって言っているんですけど、実はMIRAIは、吸い込んだ空気をそのまま使うわけにはいかないんで、フィルターを通して空気をきれいにしてから酸素を取っています。つまりPM2.5はフィルターで濾過(ろか)されるので、吸い込んだときと吐き出すときでは全然レベルが違うんですよ。パーセンテージについてはフィルターの新しさによっていろいろ違うんですけど、どうですかね。8割とか9割ぐらいのいわゆる清浄効果があります。 見方を変えると、MIRAIっていうのは空気清浄機で、大気中のPM2.5をきれいにして出しているんですよ。だから、これからもっとこのフィルター機能を鍛えていくと窒素酸化物とか硫黄酸化物、これも浄化して吐き出すことも技術的にはできるんです。これ実は、次のMIRAIではぜひそこまでやろうと思っています。 ゼロエミッションっていうのは、最近CO2ばかりに目が行きがちなんですけど、大気汚染についても無視できません。今世界中の自動車メーカーが一生懸命、内燃機関の技術開発をして、汚染物質と温室効果ガスをどんどん少なくしているんですけど、内燃機関そのものはそう簡単に廃絶できません。そういう地域は多いのです。MIRAIはその汚染物質をきれいにすることができるんですよね。 池田:自動車の普及がどんどん進んでいるような国ではだいたい大気汚染が問題になっているわけじゃないですか。PM2.5だったり窒素酸化物だったり。中国もしかり、インドもしかり。そういうところで、もしそういう機能が使えるようになると、帳消しにはできないでしょうけれど面白いかもしれませんね。そういう国々ではFCVは価格的になかなか難しいでしょうけど。 寺師:空気全部をきれいにできるかっていうと、それはさすがにクルマですからあれなんですけど、少なくとも部分的にはきれいにしていきます。ガソリンを代表とするコンベンショナル(伝統的)なエンジンはまだしばらく残りますので、これらは排気ガスをできるだけきれいにする、それに加えてMIRAIが一緒に走ると、ちょっとだけ空気を清浄してくれる。ゼロエミッションから“マイナスエミッション”というふうにも水素のクルマは考えられるんですよね。 やっぱり、どうしてもコスト的にガソリンのクルマが欲しいっていう人が、お客さんがいる。通常そこは規制をかけて環境性能を高くしてもらうけれども、仕組み上ゼロにはならない。じゃあMIRAIでもっとそれをきれいにしようっていう、吐き出すのがエミッションで、吐き出さないことがゼロエミッションだったら、吸い込むのはマイナスエミッションですよね。 池田:マイナスエミッションですか。 寺師:ええ。だから次に出す第2世代からは、そこまで含めた「マイナス・エミッション・カー」に僕はしたいなっていうことで、今開発しているんですよ。その言葉が適切なのかどうかよく分からないんですけど、もっともっと環境を良くするために多くの人たちで知恵を出せば、まだまだアイデアは出てくるよねっていうことだと思うんですよね。