料理教室やお茶会で信用させて“陰謀論”に落とし込む…マルチ企業元社員が明かす「洗脳」の手口
AERA dot.は今年8月、マルチ商法にのめりこむ親のもとで育ち、生きづらさを抱えるようになった人たちを追う連載「マルチ2世~“商業カルト”で家庭崩壊~」を掲載した。連載ではマルチ商法に関わったことで多額の金銭や人間関係を失ってしまった当事者に焦点を当てたが、商品を“売る側”はどのような手法で近づいてくるのか。マルチ企業の勧誘や洗脳の手口について、元社員に取材した。 【写真】「奇跡はドンドン起こって来る」マルチ企業の勧誘の様子 * * * 「入社の動機は『世の中から病を少なく』という会社の理念に共感したからです。親しい人をガンで亡くしたこともあり、自分も役に立ちたいと思って」 こう話すのは、マルチ商法によって健康商材を販売していたA社の元社員・関口誠さん(仮名)だ。数年前、A社に入社した当時はマルチ商法の仕組みやその悪質性についてよく知らなかったという。 A社は、自社の未公開株式を購入した株主を対象に、「ガンを副作用なく治す」とうたうヨウ素水などを販売していた。顧客リストには、関口さんが把握する限り2~3万人が登録されており、数千万円を投資している大口株主もいた。株主の大半は、健康面に不安を抱える高齢者だったという。 A社のビジネスがここまで広がった背景には、株主たちが親族や友人などを勧誘する「マルチ商法」のビジネスモデルがある。勧誘の動機は、成功した際の紹介料目当てだったり、純粋にA社の製品に心酔していたりとさまざまだが、その熱心な勧誘活動によって株主の数はねずみ算式に増えていった。 「A社は全国各地で健康セミナーを開き、未公開株の購入者を募っていました。セミナーの受け付けでは、誰の紹介で申し込んだのかを必ず確認します。これをしないと紹介料が払えなくなるので、聞きそびれた時はものすごく怒られました」(関口さん)
■リーダーと取締役による“搾取構造” A社は株主たちをいくつかのグループに振り分けて管理していた。各グループには「リーダー」と呼ばれる古参の株主がおり、グループ内の株主たちと日常的にコミュニケーションを取って勧誘活動のアドバイスなどをしていたという。 さらに各グループは取締役一人ひとりの直下に置かれ、株主が株の販売に成功すると、販売額の10%がグループリーダーに、30%が取締役に支払われる。グループリーダーと取締役が不労所得的に多額の報酬を手にする“搾取構造”ともいえるシステムになっていた。これにより、ある70代の女性リーダーは月に1000万円以上稼ぎ、社内で表彰されていたという。 勧誘活動は、個々の株主だけでなく会社の従業員も精力的に行っていた。だがそのやり方は、だまし討ちに近いものだった。関口さんが証言する。 「私は昔、子どもたちにサッカーを教えていたのですが、会社から『シニア向けのスポーツ教室を開いてほしい』と言われました。A社は他にも、料理教室やお茶会などと称して高齢者を集める場を用意しては、全国各地で開かれる自社の健康セミナーに勧誘していたんです。社長の著書や会社案内のDVDを『本当は何万円もするけど特別に差し上げます』と言って渡し、『是非セミナーに来てください』と誘うと、一定数が義理を感じて参加してくれました」 そのセミナーにも、人の心をつかむさまざまな仕掛けが用意されていた。中でも、登壇した社長が自身の過去と医療への思いを切々と訴えるのは恒例だった。 心臓病を患う弟が15歳で亡くなり、娘も「3日後に死にます」と白血病を宣告されたのちに命を落とし、妻は子宮ガン、父はくも膜下出血……。家族を失う苦しい経験から、一人でも多くの命を救う決意をしたという物語を、悲しげなBGMにのせて語りかける。