パワハラ加害者にならないための「認知の歪み」改善メソッド (李怜香 社会保険労務士)
■認知の歪みがパワハラに発展するプロセス
認知の歪みが大きな影響力を持ってしまうのは、こんなときです。 例えば、プレゼンの最中に言い間違えたり言葉に詰まってしまうと「もうだめだ(破局的思考)」「全部台無しだ(全か無か思考))」という自動思考が沸き起こってきて、それが気になるあまりに、その後は集中できなくなってしまい、ますます不満足なパフォーマンスになってしまうことがあります。 ネガティブな自動思考にとらわれると、ちょっとした失敗が拡大してしまうのです。 また、だれか1人との関係が上手くいかなかっただけなのに「私は人付き合いが全然ダメ(過度の一般化)」と結論付けてしまい、人付き合いに消極的になり、ますます「人付き合いが苦手(心のフィルター)」という自分への評価が定着してしまったりします。 筆者はパワハラ事案を引き起こした行為者(加害者)の方と面談することが多いのですが、実は、パワハラ行為者には強い認知の歪みがあると感じることがよくあります。 まず「べき思考」が強い方が多いのです。 「入社◯年目ならこのくらいできるべきだ」 「いちいち細かく教えなくても自分から尋ねたり調べたりすべきだ」 「部下は上司に素直に従うべきだ」等。 そして、気に入らない行動をする部下がいると、このように感じます。 「彼/彼女はいつも自分に対して反抗的だ」(過度の一般化) 「ダメな部下はなにをやらせてもダメだ」(レッテル貼り) 「うちの部署がうまくいかないのは、この人がいるからだ」(個人化) ついにはイライラが抑えきれなくなり、どなる、暴言という行動に結びつき、パワハラ事案として問題になってしまいます。 このように、認知の歪みを放置しておくと、自分自身に適用すると自分を苦しめることになりますし、自分より立場の弱い人に適用するとパワハラ行為者になってしまいます。
■認知の歪みを改善する5つのステップ
では、認知の歪みがそのような大きな影響力を持つ前に気づき、現実的な思考方法になるように改善するにはどうしたらよいのでしょうか。 実践的な5つのステップをご紹介しましょう。 1.キーワードに気づく 認知の歪みと言えるような極端な自動思考には、よく出てくるキーワードがあります。まず、このキーワードを捉えることが、自分の認知の歪みに気づく第一歩です。 「今日は何もうまくいかない」 「私はいつも失敗ばかりする」 「みんな私のことを嫌っている」 これらの言葉に共通するのは、「全部」「いつも」「みんな」といった極端な表現です。このような言葉は、現実を歪めて捉えてしまう原因となります。 初めに、自分の思考の中に「全部」「いつも」「絶対」「みんな」「何もかも」といった言葉が含まれていないかチェックしてみましょう。 例えば「今日のプレゼン、全部ダメだった」という思考が浮かんだ時、その「全部」という言葉に注目してみるのです。 実際には、スライドの構成は評価されたものの、話すスピードが速かったという具体的な状況が見えてくるはずです。また、最後に質問されたときにうまく答えられなかったために、プレゼンでの自分のパフォーマンス全体を否定的にとらえてしまっているかもしれません。 2.具体的なできごとを書き出してみる 次に、「全部うまくいかなかった」と感じる時は、実際に何が起きたのか、具体的な出来事を書き出してみましょう。 「今日は最悪な1日だった」と感じた時、その日の出来事を振り返ってみると、確かに、朝の電車が遅れて遅刻しそうになったり、会議資料の誤りを皆の前で指摘されたりといった不愉快な出来事がありました。 一方で、ランチのときに仲のよい同僚と楽しくおしゃべりしたり、任されていた仕事が問題なく終了してほっとしたという、よいできごともあったことに気づくはずです。 3.過去の成功体験を思い出す さらに、「いつも失敗する」と思った時は、過去の成功体験を思い出してみましょう。 「私は人前で話すのが全然ダメ」と感じていても、実際には先月の部署会議では質問に適切に答えられたし、オープンセミナーに参加したときに自己紹介したら、好意的に受け止められたこともありました。趣味のサークルでは楽しく会話できているという事実もあるはずです。 このように具体的な反例を探していくことで、思考の偏りに気づくことができます。 4.否定的で極端な表現を現実的な表現に変換する もうひとつ、否定的な極端な表現を、より現実的な表現に置き換えるというやり方があります。 例えば「全部ダメだ」は「この部分は改善の余地がある」に、「いつも失敗する」は「今回はうまくいかなかった」に、「みんな私を嫌っている」は「一部の人とは関係が良好ではない」というように変換してみましょう。 5.友人の立場で自分にアドバイスしてみる 友人から悩みについて相談を受けると、当事者とは違って問題から距離があるので、冷静に現実的なアドバイスができるものです。 それを利用して、あなたの状況を友人(架空でも実在でも)のものとして思い浮かべ、その人に相談されたら自分はどう答えるか、考えてみましょう。 頭の中の友人(実はあなた自身、以下「友」):「仕事で大失敗してしまった。もうだめだ」 あなた(以下「私」):「失敗ってなにをやっちゃったの?」 友:「お客様に提出するだいじな書類に間違ったことを書いちゃった」 私:「そっかー。たいへんだったね。それでどうなったの?」 友:「上司には注意されたけど、メールで訂正した文書を送って、電話でおわびしたら、お客様にはそんなにとがめられなかった」 私:「へー。失敗は失敗だけど、大失敗ってほどじゃないんじゃない?」 友:「そうかな? そうかも…」 私:「もうだめだなんて、おおげさだよー」 友:「そうだよね。もうだめなんてことはなくて、まだまだ挽回できるよね」 私:「そうだよ! 元気出して!」 こんな対話を頭の中で展開するのです。 自分自身のことだと認知の歪みに邪魔されてうまく考えられなくても、友人の悩みだと現実的に考えられる上に、相手を温かく励ますことができます。ぜひやってみてください。 ここでご紹介した5つのステップは、早い段階で実践することが重要です。深刻な状態になる前に、思考パターンを修正できれば、メンタルヘルスの維持に大きく貢献します。