絵をみること、本を読むことの贈りもの。奈良美智の本|鈴木芳雄の「本と展覧会」
松井はこの『I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.』のカタログにも書いている。ドイツに渡り、「自己観照」の機会を与えられた奈良についてである。 「奈良によれば、異国人であることから生じる世界との距離、つまり『孤独』によって、様々な束縛から離れて自分と純粋にむきあえるようになり、過去の記憶もむしろいきいきと、子供のような実感をもって蘇ったという。時間の枠を離れた記憶の断片は、童話風のイメージと結びつき、集合記憶への訴求力をもつこととなった。奈良の絵画の感情的魅力を体現し、その謎の中心である、大きな頭をもち、やぶにらみっぽい目をした子供の姿は、1991年頃から現れはじめた。」(『奈良美智展 I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.』松井みどり「外側からのまなざし:奈良美智の絵画における『周縁』」)
中学2年のとき、矢沢永吉率いるキャロルのライブに行き、高校1年のときには武道館でニール・ヤングを見るために上京している。 「高2から卒業まで、近所のロック喫茶でず~っとバイトしたんだけど、お客の大学生たち(とくに女子大生!と強調しておく)からも好かれ、DJもやったりして、バイト料もらうのが悪いくらい楽しい時を過ごしたのだった……というか、もちろん毎日が楽しいことばっかりだったわけじゃないけど、そこに集う自分よりも年上の人たちに囲まれて、さまざまな人間模様を垣間見たし、自分自身も少し背伸びしながら大人への階段を登っていったのだと思う」(『ちいさな星通信』) 初期、奈良は美術専門誌よりもむしろ、この『H』のような音楽雑誌、『スタジオボイス』のようなサブカル誌、『ブルータス』のようなライフスタイル誌などで取り上げられることが多かった。そうなった要因は、作品の革新性やドイツ在住などの事由からだったのだろうか。美術専門誌の中では『美術手帖』は初期からしばしば奈良を取材していて、奈良に関する記事を1冊に合本した本を2013年に出版した。ちなみにそれとは別に2010年までの作品を網羅したその時点までのカタログレゾネというべき『奈良美智 全作品集 1984-2010』の版元も美術出版社である。