絵をみること、本を読むことの贈りもの。奈良美智の本|鈴木芳雄の「本と展覧会」
「(熊谷)守一の絵は一見、簡単そうに描ける気がするけれども、でも自分は高校生の時に『只者じゃないんだ、この人は』って思った。(略)コロンブスのタマゴ的な発見だった。(略)守一はすごく時間かかったけれども、王道からじゃないのに、真の芸術的な方向に進んでいったというのが、その頃の自分の頭でもなんとなくそれはわかった。本当にすごい人というのはこんな人なんだっていうのがわかったのかな、この時。」( 2018年1月26日掲載「奈良美智さん、熊谷守一についてお話してください。」記事より) この『現代日本美術全集18 萬 鉄五郎/熊谷守一』の解説に哲学者の谷川徹三はこう書いている。 「熊谷さんの輪郭線は(略)それは感覚的であると共に知的な操作だ。それは不断にものを見て、見て、見抜いたところから生まれた輪郭線だから、単純な中に高い密度をもって生きている線だ。それは東洋画における線の伝統を受けている。しかしそれは、墨絵の線でもなければ、大和絵の線でもない。そこにはゴーガンのポンターヴェンにおけるグループの一人が語っているエピソードを思わせる何か新しいものがある。ある時彼がゴーガンと食事を共にした時、デザートに林檎が出ると、ゴーガンは突然『林檎とは何か、どう僕はこれを見るか、色を用いずに林檎の等価をどう与えるかを見給え』と言って、かたわらのインキ壷へ指を突込むと、いきなり真白なテーブルクロスの上へ、大きな円周を描いて見せた、という。こういう探求の方向を熊谷さんも押し詰めていったのである。」(『現代日本美術全集18萬 鉄五郎/熊谷守一』(集英社 1974年) この解説文を高校生だった奈良は読んで何を得たのだろうか。興味深い。 大学生たちから得た情報から、美大には一般大学よりも自由な雰囲気がありそうだということもわかった。高校の学期休みには一般大学の文科系進学コースの講習のため上京していた奈良だが、さらに偶然が重なり、結局、美大に進むことになる。 『33 1/3』を作ることに関わらなかったら、美大生そして画家の奈良美智が存在していたかどうかはわからない。奈良にとってまず好きなものは音楽と旅。それが絵の道に進むきっかけを与えてくれた。つくづく人生というのはおもしろいものだ。 ロック喫茶は高校時代の大きなトピックで、青森県立美術館の展覧会「奈良美智: The Beginning Place ここから」ではそのロック喫茶『33 1/3』を資料や関係者の証言から復元展示している。