猪子寿之が語る「崇高さ」とは何か? サウジアラビアに誕生した「チームラボボーダレス ジッダ」オープンを機にインタビュー
「崇高さ」によって隣の人の存在を肯定できる
――巨大な展示空間に立つとどこか畏怖のような感覚を覚えました。そういった「崇高さ」についてはどう思われますか? 「崇高さとは何か?」という問いに興味があります。人はなぜ崇高なものを文化的に取り入れてきたのか、そもそも「崇高さ」とはいったいなんなのか。もちろんそれを自分が作れるかどうかは別として、なぜか人は崇高なものを体験すると、そこに居合わせた隣の人の存在を肯定できる。それって強くないですか? これは僕だけの意見ではなく、「隣の人の存在を肯定できる強さのような感覚」と「崇高さ」はつながるものとされています。今回、展示の後半にダンスの作品があるんですが、このダンスっていうのは環境に対する身体の同期現象なんです。このサウジアラビアにおいてどう表現すべきか悩みますが、同期現象は少なくとも人類が生まれる前からあるものなんです。 たとえば、いまも狩猟採集を社会の基盤とする民族がいますが、彼らはダンスによる身体の同期現象を意図的に取り入れているんじゃないかなと思います。この民族は狩猟採集した後、誰が獲ったかにかかわらず山分けする。「誰が獲った」という個人主義的な発想よりも、そうすることで集団の生産性が上がるからです。でもやっぱりすごく頑張る人もいれば、頑張らない人もいるとなると、多少なりともストレスを感じる。だから狩猟の後は必ずみんなで踊るんです。踊ることで隣の人を肯定することにつながるのかもしれないし、自分と他人との境界面が薄くなって、ある種一体化するのかもしれません。 ――チームラボが活動を始めた2001年と現在とでは、スマホの普及などによって私たちの日常生活におけるレンズや映像の存在の大きさや、それに伴う身体感覚も明らかに変化しました。こうした変化は、チームラボの作品にも影響を与えていますか? そこはあまり気にしていないですね。僕は同期現象に興味があって、渦のように自らエントロピーを下げ続けるような「自己組織化」する存在に興味があります。 館内にある《呼応するランプの森 - ワンストローク》も隣同士の色が同期していき、色が似通っていく。また、2階の卵のような光風船型の作品《Antigravity Universe - Ovoids》は、展示空間自体に構造を生んだり、生まなかったりすることによって、卵が浮き上がったり沈んだりして、オブジェクトではなく、システム的に作用を与えることで場の秩序のレベルを変えているんです。 ――猪子さんが崇高さを感じるのはどういう対象でしょうか。 自分が生きた時間よりも遥かに長い時間が刻まれていることに対して、だと思います。たとえばこのジッダの街にも、そこに時間があったことを教えてくれる存在があります。でも崇高さはあまりに複雑すぎて、自分では理解できないものです。 ――時間で言うと、階段のところにある新作《Persistence of Life in the Sandfall》は、砂とバラというモチーフにサウジアラビアの地域性が反映されていますね。流れる砂やそれらが想起させる砂漠の存在は膨大な時間を感じさせ、いっぽうでバラは短いサイクルで開花しては枯れてを繰り返す。様々な時間の層が存在する作品ですね。 はい。ジッダの街は4000年以上の歴史があると言われていて、この街を見るとその長い時間の流れを感じるし、砂にまみれながら力強く生きてきたんだなと思います。 次はアブダビで超巨大プロジェクト。今後の展望は? ――以前猪子さんが「人は理解し合えなくても共存できる」とおっしゃっていたのが印象的でした。イスラム地域はいま情勢が非常に不安定で、その外部に普段住む人間としてはこうしたコンフリクト(紛争・争い)に意識が向いてしまいます。いまこの場所にボーダレスができたことで、間接的にでもどんなポジティブな影響を生み出せると思われますか? この場所への影響というより、どこであれ、我々の作品を体験することでほんの少しでも自分が生きていること、そして他者の存在を肯定できるようになったらいいなと思います。それは本来そんな難しいことではないと思うけれど、テレビやネットでニュースを見ていると、争いごとや、互いへの否定ばかりで辛い気持ちになります。 ――チームラボのこれからの目標やビジョンを教えてください。アブダビ(アラブ首長国連邦)でも大規模なアートプロジェクト「teamLab Phenomena Abu Dhabi」を進めていて、今年竣工予定ですね。 やはり認識を革命することにすごく興味があります。自分自身を含め「世界をどう認識しているのか」をもっと探究したいし、これまでのコンセプトやテーマを進化させ、さらに認識の幅を広げられるような作品を作れたらいいなと思います。 アブダビは非常に大きな規模感(延床面積は約1万7000㎡)で、展示の内容は、周囲と切り離せない連続性の中にある現象(Phenomena)を探求する作品が中心になります。「Light Sculpture」シリーズや《Antigravity Universe - Ovoids》でも試みていますが、「環境現象」と呼ばれるもので、環境がなくなればその存在はなくなるけれど、環境がある限り存在する。そういったものによりフォーカスします。 作品が作れるなら場所にこだわりはありません。ただ、広ければ広いほどいい。環境を作品にするとなると、さらに周りの環境が必要になるから、広いほうがいいんです。
福島夏子(編集部)