日本のトップ選手でも手を焼くF2、その難しさはどこに? 福住仁嶺&伊沢拓也が苦闘の日々を振り返る
F1直下のカテゴリーとして、多くの若手ドライバーがしのぎを削っているFIA F2。近年F1にデビューするドライバーのほとんどが少なくとも1年はF2に参戦しており、ステップアップには欠かせないカテゴリーになっていると言える。 【ギャラリー】人が……乗ってないだと!? スーパーフォーミュラを使った自律走行レース『A2RL』が鈴鹿でテスト そのF2に今季日本人ドライバーとして唯一参戦しているのが、宮田莉朋。彼は昨年、日本のスーパーフォーミュラとスーパーGT(GT500クラス)でダブルタイトルを獲得してヨーロッパで戦うチャンスを得たが、終盤2ラウンドを残した状態でランキング19番手と低迷している。国内レースのパドックでは、そのスピードや巧みなレースマネジメント、そして貪欲な姿勢が非常に高く評価されていたにもかかわらずだ。 F2(と前身のGP2)にはこれまで多くの日本人ドライバーが参戦してきた。ただその中にも、国内レースなど他のカテゴリーでは高い評価を受けていたにもかかわらず、F2では結果を残せなかった者もいる。F2などのシングルシーターは車体がワンメイクと言えども、ドライバーの純粋な速さだけで序列が決まるとも決して言い難く、所属チームを含めた体制面をはじめとする様々な要素が絡んでくる。しかもそこに日本から挑戦する場合は、加えて環境の変化や言語の壁にも対処していく必要がある。 F2の“カオス”さは、今季F1にデビューして高い評価を受けているフランコ・コラピントやオリバー・ベアマンが決してランキング上位につけているわけではないという点からも見て取れる。特にベアマンに関しては下位カテゴリーで毎年好成績を残し、昨年のF2でも初年度ながら年間6位に入って見せたが、今季はランキング15番手に沈んでしまっているのだ。 そういった混沌とした環境で苦しんだ経験を持つ日本人ドライバー、福住仁嶺と伊沢拓也に当時の話を聞いた。
「あり得ない」トラブルの連続に泣いた福住
福住は日本でF4、F3を戦った後、2016年に渡欧。名門ARTグランプリからGP3(現FIA F3)で2シーズン戦い、初年度7位、2年目3位という成績を残して2018年にF2にステップアップした。 しかしながら、アーデンから参戦したF2では大苦戦。最高位は6位に終わり、ランキング17位でシーズンを終えた。並行して参戦したスーパーフォーミュラでも結果が残せず、彼は後にこのシーズンを「かなりショックな1年だった」と振り返っている。 「僕はF2でかなり苦労してしまいました。走りの方もうまくいっていなかったと思いますし、正直環境的にも非常に良くなかったなと思っています」 そう語る福住。GP3時代の所属チームは、後のF1ドライバーであるシャルル・ルクレール、アレクサンダー・アルボン、ジョージ・ラッセル、ニック・デ・フリーズと、そうそうたる面子を擁していたART。トップチームにいたことで、ドライビングについてもみっちり教わることができたというが、F2では一転して厳しい環境に置かれた。 福住がF2に参戦した2018年は、ちょうど車両切り替えの年。多くのマシントラブルが発生し、エンジンストールが相次いだことで一部レースがスタンディングスタートからローリングスタートに変更されたこともあったほどだった。 「本当にあの年はあり得なかったです」と振り返る福住は、当時自らの身に降りかかったトラブルの数々について語った。 「開幕戦のバーレーン(レース1)では、まともにスタートできない人もいたりして、ラッキーで4番手まで上がったのですが、ピット入る前にDRSが閉じなくなってしまいました。それで一番最後の方からのスタートになったレース2では追い上げて8位になっていますし、調子は悪くなかった。そうやって噛み合いそうな時にそういうトラブルが出たりしましたね」 「ステアリングが90度くらい曲がっているんじゃないかというくらい、アライメントが失敗している時もありました。そういうメンテナンス力だったということもありますが、何よりエンジンの(個体)差が激しすぎて、まともにレースできる感じじゃなかったですね。相方に比べてストレートでコンマ8秒くらい遅いということも普通でした」 「ハンガリーあたりで一度エンジンシャッフルがありました。その後のスパの予選では、辛い時に比べると前の方にいけましたが(8番手)、レースではエンジンが燃えましたね(苦笑)」 「そしてソチ(レース2)では、スタートでちょっと強引ながらも前に出てトップに立てたのですが、うまくシフトダウンできなくなりました」 あれから6年が経っているということもあり、福住も半ば笑い話のような形でエピソードを話したが、「クルマが変わった最初のシーズンでトラブルばかりでしたし、正直あそこでは何も判断できないんじゃないかって思いますね」と複雑な表情を見せることもあった。 その後の福住は日本に戻り、2021年にはスーパーフォーミュラとスーパーGT(GT500)でランキング2位を獲得した。今年はホンダ陣営からトヨタ陣営に移籍し、スーパーフォーミュラでは上り調子のKCMGに2回のポールポジションをもたらすなど躍動。切れ味鋭い速さを再び見せている。
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