保護されるサルと殺されるサル 交雑種57頭はなぜ殺されたのか
外来生物が生態系に対する影響とは何か
3-3. 生態系に対する不確実な影響 第三に、外来生物種が周辺の生態系に何らかの影響を与え、生態系の安定性が失われるという被害が考えられる。 在来魚を捕食するブラックバスや、旺盛な繁殖力でヨシやススキ等を駆逐したセイダカアワダチソウなどは一般にも知られているが、外来生物種によって地域の生物相を構成する在来生物種が駆逐されることがある。外来生物種は地域固有の生物相や生態系を大きく変えてしまう可能性がある。 一方で、生態系は動的なものであり、災害や人為的な介入などの撹乱を前提とした生態系保全を考えざるを得ない。また、外来生物種だけでなく開発や汚染による自然環境の変化が地域固有の生態系を変化させていることから、外来生物種を駆除しても元の生態系に戻るとは限らないことにも留意する必要がある。もっとも、ダイナミックに変化する生態系を、特定の”元の”状態 に戻すことにどのような意味があるのかが問われるだろう。 そのような基本問題はありながら、外来生物種による生物多様性の喪失は、すでに国際的な政策課題となっている。生物多様性条約では、種の絶滅の原因となる侵略的外来生物種の制御・根絶を目標として掲げており、締約国における取組みを求めている(*12)。 今回のケースでは、交雑種サルが増えてニホンザルに代わっていくことで、生態系の中でどのような変化が起こるのか、またニホンザルという「種」にどのような影響を与える可能性があるのか、まだわかっていない。 この点に関しては、生物多様性条約で「科学的な不確実性をもって対策を講じない理由としてはならない」という予防原則が引用されていることから、これを批准している日本でも、科学的知見を充実させる努力とともに交雑の進行という変化を回避する対策が導かれるのである。
「地域住民がどれだけの費用をかけて何をどこまで守りたいのか」を重要な検討材料に
4. どうすべきか? 4-1. 合理的な対策 ── 根絶か間引きか 高宕山自然動物園では応急的な措置として檻を補修し、今後園外のサルと飼育するニホンザルが交わらないようにするという。では、高宕山地区、ひいては房総半島の交雑種サルをどうするべきか。 千葉県特定外来生物(アカゲザル)防除実施計画検討会長を務めた丸橋氏は、「最終的管理目標はアカゲザル母群の全頭除去、房総ニホンザル個体群からの交雑個体の除去であることは明白である」と述べている(*13)。 一方で小谷(2015)は、奄美大島のマングース駆除に10年以上の時間と数億円の国家予算がつぎ込まれても根絶は容易でない現実を指摘する(*14)。駆除を進めて対象個体が減ると捕獲が難しくなるため、根絶にはそれを可能とする技術と費用が必要である。かけられる費用に限界がある中で、すべての外来生物種を根絶することは現実的な目標とはいいがたい。一方で、個体数を一定程度まで抑える「間引き」を長期にわたって繰り返す方が合理的である場合もあると小谷(2015)は述べている。 根絶にせよ間引きにせよ、房総半島の交雑種サル問題の場合はどちらの戦略が合理的であるのかを考える必要があるし、地域住民がどれだけの費用をかけて何をどこまで守りたいと考えているのかを把握し、重要な検討材料とすべきである。