保護されるサルと殺されるサル 交雑種57頭はなぜ殺されたのか
外来生物種による「被害」とは何か。
3. 交雑種サルは何をもたらすのか? 3-1. 人間の生活に対する被害 特定外来生物法では、国、自治体、民間団体による特定外来生物の防除(駆除)の重要性を認めており、特に地域における被害防止のための取り組みを推進している。では、外来生物種による「被害」とはそもそも何だろうか。 第一に、人間の生活に対する被害がある。その中心は農地などに侵入して農林産物を食い荒らすなどの被害である。富津市が設置した天然記念物「高宕山のサル生息地」のサルによる被害防止管理委員会では、群れから離れたサルが農作物を荒らす被害がたびたび報告されている(*5)。 しかし、今回殺処分されたのは、高宕山自然動物園で飼育されていたサルである。農林業被害とは関係がない。 もう少し射程を広げて、房総半島の交雑種サルの増加について考えてみよう。農林業被害は、交雑種サルがもたらした問題だろうか。そうではない。 千葉県の場合は、もともとサルのいなかった房総半島南端部にアカゲザルが拡大していることから、サルの分布域が半島に拡大していると考えれば、外来生物種の移入により農林業被害が拡大したと考えることもできる。一方で、1960年代以降ニホンザルの分布域は全国的に拡大しており、有害鳥獣として駆除されるケースが少なくない。千葉県でも高宕山地区が天然記念物指定された1950年代と比べると、ニホンザル個体数の増加および農林産物の被害が確認されている(*6)。 農林業被害は交雑種ザル固有の問題ではなく、ニホンザルやアカゲザルも引き起こしている問題である(*7)。 また、今回は問題となっていないようだが、外来生物種が新たな病原菌拡散の原因となる場合もあり、人間の生命に対する被害が生じる可能性もある。
「ニホンザル」という種を守らなければならないという議論
3-2. 房総半島の「ニホンザル」消滅の可能性 第二に考えられる被害として、「房総半島の純粋なニホンザルが消滅してしまう可能性」(*8)を一部の科学者たちは盛んに問題提起している。ニホンザルとアカゲザルの交雑が拡大しながら繰り返されることで、長い年月をかけた進化の末に獲得された「ニホンザル」の遺伝子セットは維持されず、房総半島ではほぼ永久的に失われてしまうという懸念である。他地域のニホンザルの遺伝子への影響がないとも言えない。この論理は、和歌山県のタイワンザル問題でも展開され(*9)、このような主張を優生思想と重ね合わせる議論もある(*10)。 そもそも数十万年前に分化したと考えられるニホンザルとアカゲザルの遺伝子の差異は、それほど大きくない。交雑可能なものは独立した種とは言えないという「種」の考え方もある。ニホンザルという「種」が何としても守らねばならないものなのかどうかは、科学によって答えが出るものではなく、社会的合意に依存する(*11)。 しかし、そのような社会的合意はすぐにできるものではないため、合意形成にかかる時間を確保するために当面ニホンザルという種を保存する努力が必要という考え方も可能である。 逆に、ニホンザルの遺伝子セットさえ保存できればよいのであれば、アカゲザルや交雑種サルの駆除以外にも方法は考えられる。野生のニホンザル個体群をどのサイズで維持する必要があるのかが問われるだろう。