第165回芥川賞受賞会見(全文)李琴峰さん「問題意識を小説の中に取り込む」
日本の文学史上でどういった役割を担いたいか
読売新聞:選考委員の松浦寿輝さんが、この作品は日本語あるいは日本文学の、なんて言うんですか、未来に向けた、なんて言うか、それを新しくしていくようなものであるというようなことをおっしゃっていたんですが、李さん自身も日本の文学をアップデートしていくというようなことを以前おっしゃっていましたけれども、そういった観点で、今回の受賞を受けてあらためてご自身が日本の文学史上でどういった役割を担っていきたいと今考えていらっしゃるかをお聞かせください。 李:これも事前取材でお話しさせていただいたことなんですけれども、これまでの作品、1作ごとに日本文学というもの、もし仮にそれが存在しているならば、日本文学というものを確実にアップデートしている、1作ずつアップデートしてきたという自負はあります。ただ、じゃあ日本文学というものの中でどういった役割をこれから担っていくのかといったことを考えたときに、やっぱりそれは、それを理解し、整理し、分類するのはたぶん評論家あるいは研究者の仕事かなと思って。私はただやっぱり自分が大事だと思っている問題意識を小説の中に取り込んで、そして自分が書きたいものを書いて、それに尽きるかなと思います。
社会と文学との関わりについて考えていることがあれば
読売新聞:すみません、最後1点なんですけれども、過去の作品でも例えばひまわり学生運動について書かれていたり、今回の作品でも、片仮名ではあるので架空の国ではありますが、【ニッチュウタイ 00:19:13】という国が出てきて、かなり難しい歴史が語られる場面もあります。こういった社会と文学との関わりという点で李さんが今考えていらっしゃることがあればお聞かせください。 李:ちょっと、特にここ数十年、あくまでも私のすごく狭い理解なんですけれども、ここ数十年の日本文学っていったものを考えたときに、どうも政治に言及したりとか社会の問題に踏み込んだりするとか、特に純文学のかいわいはそうかな、というのを、なんか抵抗感があるような気がするんですね、文壇全体的に。だからちょっと政治を批判する、政治に批判する意味を込めた小説を書いたら、政治に対する批判が【生に 00:20:05】に出過ぎているとか、それを欠点のように言われたりするんですけれども、でも別にあってもいいんじゃないかなと思います。 というのも、おそらくそれが、私を培ってきた台湾文学の土壌が、そういう特徴があったからじゃないかなと思ったりもして。私が読んできた中国の古典文学、詩歌とか漢詩とかね、そういったものもやっぱり政治があまり良くないから政治を批判したりとか、あるいは皇帝があんまり、政治が良くないからってそれを批判したり、あるいは自身の失意について語ったりとか、そういった文学が多かったからかなと思います。 読売新聞:ありがとうございます。 司会:ありがとうございました。次の方。じゃあそちらの、今、真ん中の、はい。お願いいたします。