「91歳父を86歳母が介護」カメラに残る最期の日々。「あなたのおみとり」に映る老老介護の日常
それが映画の冒頭、訪問入浴介護サービスを受ける日だ。カメラを回しながら、すぐにこれは映画になると思ったという。 「家に運び入れ、瞬く間に浴槽を組み立てる。話を聞いたら『1日8軒(回る)は普通です』という。仕事ぶりもプロフェッショナルでしたし、そうやって初めてやって来る人たちと、おしゃべりな母が世間話をしているのも面白い。うちの実家があるところはできて50年くらい経つ(戸建て住宅の)団地なんですけど、会話から日本の高齢化社会の現状が見えてくる」
もともとは小津安二郎、清水宏に感化され劇映画を志していたという村上監督。撮影手法も、ちょっと変わっている。 たとえば、介護されている父を足もとから見上げるようにして撮る。足の裏が大映しとなる場面が幾度もあるのだ。「生と死」の話であるのに、客席でしばしば笑いが起きる。 「あれは『ハリーの災難』というヒッチコックの映画がヒント。ハリーの顔はまったく映らない。死んだ男の足もとから見上げるショットが象徴的で、父を撮っているときにやってみたくなったんです」
■就寝する以外は、ずっとカメラを手にしていた 部屋は介護ベッドで半分を占められている。自然と撮り方は限られ「飽きてもくる。よく言えば、対象をあらゆる角度から見たくなった」 村上監督は、実家に滞在中は就寝する間以外ほぼカメラを手にしていた。 朝4時に起床し、まず庭の虫や花を撮る。「生命の循環、生き物の視点」を加えたいと思ったからだ。 8時にはヘルパー(訪問介護士)さんが訪問。これも、もちろん撮る。そして、家事をする母も撮影した。
午後は訪問看護師さん。使用したのはハンディカムのカメラだ。ひと月半の間「映画になりそうなものは何でも撮っていた」。 村上監督にとって意外だったのは、試写を観た訪問介護や訪問医療に関わる専門職の人たちから「教材になる」「学生に見せたい」と声をかけられたことだった。 「どこがよかったのか訊ねたら、ふだん自分たちがやっている仕事のそのままが映っていると言ってもらえたんですね」 「映画にも出てきますが、父が息をひきとったあと、火葬場でも撮りました。ご親族だけで骨を拾うところに限って撮ってもいいと言ってもらえたので」