村上春樹のおかげで『百年の孤独』は日本で大ヒットした!? 「わかりやすさ」が求められる時代にブームになった理由とは【スゴい文学史】
■「おやおや」と言いながら非現実を受け入れてしまう“魔術的リアリズム” 村上作品の主人公は、「現実」に暮らしながらも「羊男」や「かえるくん」といった「非現実」の存在と遭遇し、「おやおや」などといいながらも、彼らの存在を受け入れてしまいます。われわれ読者もそういう主人公や、村上作品の物語のあり方にツッコミを入れるようなことはありません。それこそがよくできた「魔術的リアリズム」といえるものなのですね。 村上春樹は、1984年に作家・中上健次と文芸誌『國文學』において対談しています。二人はともにガルシア=マルケスの影響について直接的に語ることはないものの、ガルシア=マルケスを筆頭に、当時の日本でも一大ブームとなっていた南米の文学作品をあきらかに読みこんでいる口調です(今井亮一『中上健次とガルシア=マルケス』)。 それは中上健次に『百年の孤独』ならぬ『千年の愉楽』という作品があるからで、中上本人によると作品を仕上げてから『百年の孤独』は知った……とのことですが、あまりにガルシア=マルケスが売れている中、影響されたとは口にしたくなかっただけではないか……と考えてしまいます。 ■「川端康成の大ファン」だったガルシア=マルケス 村上と対談してから約2年後、つまり1986年頃の話として、中上にはこんなエピソードもあります。中上の高校の同窓会にはラテンアメリカ文学の研究者である田村さと子がいたのですが、同窓会で約20年ぶりに再会をしたばかりの彼女に、中上は「ガルシア=マルケスに会いたい」といきなり電話してきたそうです。 ただ残念ながら、ガルシア=マルケスが興味を示したのは田村だけで、「日本を代表する作家」と田村から紹介された中上には何の関心も見せませんでした(田村さと子『百年の孤独を歩く ガルシア=マルケスとわたしの四半世紀』)。日本国内では新進気鋭の芥川賞作家として知られた中上も、世界的文豪のガブリエル・ガルシア=マルケスの権威の前では形無しだったかもしれません。 しかし、実はガルシア=マルケスは川端康成の大ファンで、その作品からは大きな影響を受けただけでなく、川端の晩年の問題作『眠れる美女』の翻案作品ともいえる『わが悲しき娼婦たちの思い出』まで書いているのです。文豪同士の意外な影響関係には驚いてしまいますね。
堀江宏樹