マルティンとバニャイアの逆転劇、鬼門の右コーナー。ザルコの鈴鹿8耐/MotoGPの御意見番に聞くドイツGP
7月5~7日、2024年MotoGP第9戦ドイツGPが行われました。ホルヘ・マルティンの調子が良く、ポールポジションからスプリントでの勝利、そして決勝も終盤までトップを走っていましたが転倒。フランセスコ・バニャイアがポイントリーダーに立ち、マルケス兄弟の表彰台もありました。また、ここからサマーブレイクに入ります。 【写真】ホルヘ・マルティンの転倒シーン(プリマ・プラマック・レーシング)/2024MotoGP第9戦ドイツGP そんな2024年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム、2年目に突入して第34回目となります。 * * * * * * --今回のドイツGPはイタリアGPと同じようにクラッシュや派手なオーバーテイクのシーンがなく、粛々とホルヘ・マルティン選手の完全優勝で終わるのかなと思っていましたが、とんでもない結末が待っていましたね。いやー、改めてレースってサスペンスだと実感しましたよ。 僕も正直なところ、あの瞬間までマルティン選手の完全勝利を信じて疑わなかったよ。それに前日のスプリントの走りを見る限りでは、フランセスコ・バニャイア選手は余り調子良くないというイメージがあったからね。 ましてや昨年はここでマルティン選手が完全優勝しているから、いまやマルク・マルケス選手に代わって“ザクセンマイスター”の称号が相応しいとさえ思っていたくらいなんだよ。 --イタリアGPとオランダGPと立て続けに完全優勝したバニャイア選手でしたが、ここではいつものスロースターターに逆戻りかと思ったんですが、今回みたいな勝ちパターンもありとなると全く隙が無いですね。それにしても1コーナーってホント怖いですね。 3カ所しかない右コーナーのうちのひとつなんだけど、トラック後半の短い直線と高速左コーナーの後のホームストレートで、負荷の掛からないタイヤの右側がかなり冷えてしまう。だからみんなそれなりに慎重に走っているしタイヤの方も非対称コンパウンドになっているけれど、このトラックはここと最終コーナーとそのひとつ手前くらいしか抜きどころがないのが現実だから、勝つためにはどうしてもリスクを犯さなければいけない難しいコーナーだよね。 --マルティン選手が転倒する前は、後ろのバニャイア選手がじわじわと間合いを詰めてきている感じでしたが、マルティン選手のラップはかなり安定していて無理している感じはしませんでした。それでもバニャイア選手の背後からの圧がマルティン選手のリズムを狂わせたという事なんでしょうね。 データを見る限りでは、23ラップ目には0.9秒ほどあったギャップが28ラップ目には0.5秒ほどに縮まっていたから、そりゃ焦るよね。焦らないまでもバニャイア選手にどこで仕掛けられるのか、それをどうやって凌ぐのかとか一瞬でも脳裏をよぎるだけで集中力が途切れる事はあるだろうね。 --マルティン選手の転倒リタイアで、1997年のイモラの青木兄弟以来の兄弟揃っての表彰台獲得という珍しいシーンが見られましたが、初日からクラッシュで不運の連鎖が続いていた感じのマルク・マルケス選手の2位には驚きましたね。 11コーナーの転倒は久々に見る激しいハイサイドで、左人刺し指の骨折と胸郭の打撲で済んだのはラッキーだったと言えるかもしれないね。スプリントは6位とクラッシュの影響はあったにせよスタート順位を考えれば上々の結果だったけれど、レースは長丁場だからこれ以上の結果は望めないと思ったら予想をはるかに超えてきた(笑) --そうですね、日曜日の走りはとても「手負い」という感じではなかったですね。ところで、多くの選手が痛い目を見た11コーナーですが、殆どがフロントからのスリップダウンだったのにマルク・マルケス選手がハイサイドだったのは何か特別な要因が考えられますか? 意外に思うかもしれないけれど、原因はペースが遅かったからじゃないかな。 ペースが早ければバンク角も深くなるので、フロントが巻き込んだらそのままスリップダウンするはずだけれど、バンク角がそれほど深くないところでフロントが巻き込んだのでブレーキが掛かったようになり、まだ駆動力が掛かっているリヤがスピンして左に流れ、その影響で今度はフロントが逆に切れてカウンターが当り、リヤのスピンが止まったところでピョーンと見事に発射されてしまったんだね。 一連の現象が人間の反射神経の域を超えて起きるから、このモードに入ると為す術なしってことだよ。 --なるほど、ゆっくり走っていたから安全と言うわけでもないんですね。 「鬼門」の右コーナーだしね(笑) 本人のコメントによると、1号機にトラブルが出たので、タイヤセットを2号機にスイッチしてリスタートした直後の出来事だったようなので、思った以上にタイヤ温度が下がっていたんだろうね。 2010年だったかな、バレンティーノ・ロッシ選手がムジェロでクラッシュした時も、タイヤ交換して2ラップ目で、後続のライダーに進路を譲ってさあ行くぞとペースを上げた途端にハイサイドを食らったのは有名な話だよ。 「7秒間はタイヤが冷えるのに十分だった」と述懐しているので、レーシングタイヤは時としてそういうセンシティブな振舞いをするって事で、そこは今も昔もあまり変わらないんだろうね。 --レースタイムって毎年速くなっていますから、バイクが速くなっているだけでなくタイヤも進化していると思いますが、この辺りでタイヤの耐久性とか温度に対する依存性を改善する方向に開発をシフトするとか考えてみても良いと思うのですが…… 全く同感だね。タイヤメーカーも速さだけで性能をアピールする時代では無くて、いまやタイヤの使用本数を減らす方向の開発にシフトして環境問題に対する取り組みをアピールすべき局面だと思うね。ただし問題はそのタイミングだな。 --たしかにタイヤだけ方向性が変わるとライダーに受け入れられないという問題も起こりそうですしね。タイミングとしては排気量の変更と同時が良さそうですけどまだ先は長いですね。ところで話は変わりますが、アプリリアは初日と2日目まではかなり強い存在感を放っていましたが、レースでは期待されたほどの結果ではありませんでしたね。 プラクティスではマーベリック・ビニャーレス選手がトップ、ミゲール・オリベイラ選手が3位、公式予選ではオリベイラ選手が2位、Q1勝ち抜けのラウル・フェルナンデス選手が3位というのは正直驚いたよね。 ライダーが揃って突然覚醒したとも思わないから、これはバイクの基本的な特性がこのトラックに合っていたということだろうね。スプリントではバニャイア選手がオリベイラ選手を攻めあぐねていたのは明らかで、インフィールドで差を縮めても後半の高速コーナーで差が開いてしまうという感じだったから、以前から言われているアプリリアの高速コーナーでの速さが発揮されたという事だね。 レースではオリベイラ選手が6位、フェルナンデス選手が10位ということで、個人的にはもう少し上位を期待していたんですが…… いやいや、これまでの結果を考えれば十分素晴らしい結果だと思うよ。フェルナンデス選手はスタートで出遅れたというのもあるけど、ふたりとも一発の速さはあっても、トップグループで走るという経験値が決定的に不足していると言えるんじゃないかな。 --という事は、来シーズンアプリリアに移籍するマルティン選手やバスティアニーニ選手のレベルであれば、ドゥカティと同じように常に上位争いが可能という事になりますね。 理屈ではそうなんだけど、マルティン選手の場合はトップを走行していながら最後にやらかすパターンをなんとかしないとね。本人もさすがこれではチャンピオンは無理だと頭を抱えているようだけど、余りに意識しすぎるとアスリートにありがちな「イップス」になってしまう怖れもあるから、真剣に要因分析するよりむしろ明るく笑い飛ばすくらいのおおらかさが必要かもしれないよ。 --ちょっと意地悪な見方かもしれませんが、今回のレースは相対的に来年のシートが決まっていないライダーが存在感を放っていたという感じもするのですが…… 確かにオリベイラ選手だけでなくフランコ・モルビデリ選手も今シーズン最高の結果だから、そういう事情もあるかもしれないね。おそらくこの夏休み中に契約交渉が更に進むと思うから、できるだけ有利な条件を引き出すために頑張らねば、というのはあったかもしれないね。 --この後MotoGPは2度目の夏休みに入る訳ですけど、ヨハン・ザルコ選手は鈴鹿8耐に招集されていますから休む間もありませんね。ヨーロッパより日本の夏は厳しいですから体調崩さないか心配です。 フランス人は耐久レース向きというか、24時間耐久レースとかパリ・ダカールラリーとかツール・ド・フランスとか世界の名だたる耐久レース的なものはフランス発祥だから、体質的にも気質的にもフランス人は瞬発力より持久力で勝負したい民族なんだと思うね(笑)。 ただ、この頃の日本の暑さは異常だからねぇ。 --ザルコ選手が鈴鹿8耐に招集された理由は何だと思いますか? そもそも契約した時点で鈴鹿8耐参戦がオプションで含まれていたらしいし、本人としてもこれからのキャリアを考えたときに、ホンダでWorldSBKやEWC参戦という可能性も考えていると思うよ。今年はWorldSBKとスケジュールが被るのでそちらのライダーを招集できないという事情もあるから、最初から鈴鹿8耐参戦は規定路線だったかもしれないね。 本人にとっても(MotoGPでの)フラストレーションを解消する良い機会になる事を願うよ。 --今シーズンのホンダはWorldSBKでもEWCでも苦戦しているようですから、ザルコ選手というスパイスも効かせて鈴鹿8耐では是非とも連勝記録を伸ばしたいところですね。 そういう事!! でも最近のEWCのトップチームの連中は速いからね。 僕の現役時代の鈴鹿8耐は、WGP(現在のMotoGP)を目指す新進気鋭の若手ライダーの登竜門で、レースペースがスプリント並みだったからヨーロッパの耐久選手権を走るチームは影が薄かったけどね。 --そうですね、今シーズンのEWCでスズキとトップ争いをしているYART(Yamaha Austria Racing Team)の3人は、事前テストで全員が2分05秒台で走行していますから、一発の速さも持っている強敵といえますね。 とにかくMotoGPの後半戦が始まるまでに鈴鹿8耐というビッグレースが控えているから、日本の二輪レースファンとしては退屈しないで済むのが有難いね。 [オートスポーツweb 2024年07月15日]