自販機にピースサイン 、体調不良は「ばい菌の仕業」…死刑判決から半世紀超、記者が見た袴田さんの拘禁症状 無罪確定後は変化を感じさせる言葉も。釈放から10年、姉と2人暮らしの日常
▽毎日の散歩、その目的は 袴田さんは毎日欠かさず、支援者と散歩やドライブをしている。ただ、自身にとっては「ばい菌を倒すためのパトロール」という認識のようだ。外出先は、天気や気分次第で毎回異なる。道中、救急車のサイレンを聞いたり、交番の前を通ったりすれば、必ず片手を挙げてあいさつする。一見、陽気なお年寄りという趣だが、独特の行動を取ることも多い。 よく立ち寄る浜松駅では、同じ店で同じ銘柄の菓子パンや和菓子などを買い、構内のカフェで自動ドアが開くのを確認。電子広告板の前に立ち、ピースサインをする。自動販売機で甘いジュースやコーヒーなどを4本以上、商品ボタンを矢継ぎ早に押して購入。「勝負をしているんだ」「5兆円勝った」と説明し、自販機にピースサインをすることもある。支援者の清水一人さん(76)は、袴田さんに「勝負に勝ったからもう闘わないんでいいんですよ」と声をかけたが、反応はなかったという。
今年8月、記者は浜松市の大型商業施設への外出に同行した。袴田さんは足早にペット売り場へ。しっぽを振る子犬の元に駆け寄り、その後犬や猫を1匹ずつじっくりと見て回った。いつも表情を変えない袴田さんの頰が緩んでいるようにも見えた。別の機会に野良猫がいると立ち止まってかわいがり、1万円札を渡そうとする場面もあった。 今年に入り、支援者が「癒やしになれば」と保護猫2匹をひで子さん宅に迎え入れ、「ルビー」と「殿」と名付けた。袴田さんは「猫が寒がっている」とヒーター購入をせがみ、寝ているひで子さんを起こして「腹をすかせているから餌をやってあげてくれ」と頼んだ。支援者は「自宅の雰囲気が明るくなった」と喜ぶ。 ▽無罪判決は、袴田さんに伝わったのか 今年9月26日、静岡地裁のやり直しの裁判で、血染めの5点の衣類は捜査機関の捏造だと認定され、ようやく無罪判決を勝ち取った。逮捕から58年がたち、88歳になっていた。判決の日、袴田さんは体調や精神面への影響を考慮し、静岡市にある裁判所には行かず、普段通り過ごした。帰宅したひで子さんが「あんたが勝った」と伝えたが、表情は変わらなかった。