自販機にピースサイン 、体調不良は「ばい菌の仕業」…死刑判決から半世紀超、記者が見た袴田さんの拘禁症状 無罪確定後は変化を感じさせる言葉も。釈放から10年、姉と2人暮らしの日常
袴田さんが東京・小菅の東京拘置所にいる間、ひで子さんは冬着を何枚も送った。しかし、2014年3月、拘置所から釈放された時は厳しい寒さの中、半袖姿だった。送った冬着のいくつかは、拘置所から渡された段ボール約10箱に使った形跡がないまま入っていた。「拘禁症を患い、刑務官に衣類を出してもらうよう、頼めなくなったのでは」とひで子さんは振り返る。 袴田さんは釈放から10年たった今も季節を問わず毛布と掛け布団を使い、拘置所では就寝時でも照明がついていたせいか、明るいまま眠るとも聞かされた。取材初日、袴田さんに残る長期拘束の爪痕をまざまざと感じた。 ▽妄想の世界、男性は面会拒絶 ある日、記者は袴田さんに今日何をしたか聞いてみた。「近くに温泉天国のマンションができて…」と説明を始め「ばい菌の仕業」で体調が悪いとも口にした。要領を得ないまま聞いていると、話をやめて目を閉じて顔を傾け、笑い出した。別の日、どこに外出するか聞いたところ、袴田さんは「てっぽうざんへ」と話した。浜松市にそのような地名はない。袴田さんは「市役所の地下通路とつながっている」「城の下にあるんだ」と続けたが、現実にある場所とは結びつかなかった。ひで子さんは「巌は妄想の世界にいて、私たちの声は聞こえていない」と言う。
一方、簡単な事柄であれば、やりとりが成立することもあった。袴田さんは好物の食べ物を連日食べる習慣がある。記者が自宅を訪れた7月上旬、この日もウナギを食べに行くのか聞いたところ、「ウナギはな、食べないんだ。エビだ」、天気の話題に「今日は暑いんだな」。しかし、それ以上の詳しい答えはもらえなかった。 袴田さんは警戒心が強い。9月上旬、袴田さんは夜中に玄関の施錠を確かめようとして、わずかな段差に足をひねり、けがをした。トイレへ行くたびに、玄関に鍵がかかっているかどうか確認し、換気のため開けていた風呂場の窓も、気づけば必ず閉める。ひで子さんらは「見知らぬ人が自宅に入って来ないよう徹底しているのでは」と推し量る。 また、袴田さんは成人男性が自宅に入るのをひどく嫌がる。男性が訪れた時には「面会拒絶なのでお帰りください」などと強い言葉を投げつけ、拘置所で出会った元刑務官が来た際は、逃げるように部屋から出た。「男の人は看守を思い起こさせるのではないか」とひで子さんら。袴田さんを怖がらせないよう、自宅を訪れる支援者やメディア関係者は女性が中心になっている。 袴田さんのこうした状況は、2014年の釈放以来変わらない。それでも全て受け入れてきたひで子さん。「自由にしておけばそのうち治ると思って」と穏やかな表情で語る。