【能登半島地震から1年】能登・輪島市のシェフ池端隼也さん「よりよい輪島をつくりたい」発信する輪島の明るい未来
過酷な体験が「料理をすること」の意味を変えた
「芽吹」にはメンバーの得意分野を集めたさまざまなメニューが並ぶ。いずれもどんな世代の人たちにも喜んでもらえるような、普段着のご馳走だ。 厚さが3センチはあろうかという「厚切り肩ロースカツ」や、大きなエビが入る「ミックスフライ定食」はランチで定番の人気メニュー。港が修復され水揚げが始まってからは、採れたての魚を捌いて出す「日替わり5種の刺身定食」など、輪島ならではの美味も登場する。夜は白子ポン酢や能登カキバター醤油など、どれも見ただけでお酒を飲みたくなる。 「炊き出しを通して根本から価値観が変わりました。誰のために料理をするのか、ということに迷いがなくなりました。世に出す料理や自分のためではない。シンプルに目の前に食べに来てくれる人に作ろう、と思うようになりました。飲食店をやる喜びや役割についてあらためて気づかされました」
「芽吹」に明かりがともると、すぐに多くの人たちが集まってくる。時には予約で満席となり、入れないこともあるほど大繁盛だ。地元の人にとって、命をつなぐ食から心を潤す食へと役割を変えて、暮らしに欠かせない場所となっているのがよくわかる。 震災は輪島に想像を絶するインパクトをもたらした。そのインパクトは物理的なものはもちろん、人の心やつながりにも及んだ。しかし、この出来事によってそのままの世界では起こり得なかった新しいつながりや価値や気づきが、いま少しずつ生まれている。 「芽吹」のメンバーにしてもいまは強い絆で結ばれているが、震災前は近所に住んでいながらも挨拶程度で交流はなかったという。 池端さんは、朝の仕込みからメンバーに積極的に声をかけ、盛り上げる。みんな無駄のない動きをしながら楽しそうに働いているのが印象的だ。 「和食屋のご主人からは知らなかった魚の扱いをずいぶん教えてもらいました。震災で行き場のなくなった七面鳥の生産者さんの七面鳥を使ってラーメン作ったら、今度自分の店に戻るラーメン屋の店主が『これ、おいしいから新しい店のメニューにしていい?』なんてやりとりもあったり。海女さんは、いまの海の中の状態を教えてくれます。『カキが産卵のシーズン迎えてカスタネットみたいに口をパクパクしていたよ』なんてね。みんなで楽しく料理をしていますよ」 仕込みの手を止めずに話す池端さんの顔は明るい。重要なことは、住んでいる人が一人一人前を向いて、もう一回気持ちを奮い立たせて未来に向かって生きていくことだと思っている、と続けた。