「好き」に人生をかけること プロゲーマー梅原が語る可能性とリスク
ゲームを競技としてプレイする人・観戦して楽しむ人が、世界で4億人を突破したと言われるなか、ゲームの大会などに出場して賞金や報酬を得る「プロゲーマー」を目指す人が増えている。一方で、子どもたちのゲーム依存症を危惧して、ゲームをすることを規制する動きもある。日本で初めてプロゲーマーという職業を確立した、業界の先駆者である梅原大吾さんはこの風潮をどう見ているのか。自分の「好き」に人生をかけることの可能性とリスクについて聞いた。(聞き手:荻上チキ/TBSラジオ/Yahoo!ニュース Voice)
「楽そうだから」で目指すのはやめたほうがいい
梅原さんは、小学生の時に格闘ゲーム『ストリートファイター2』に出会い、中学生になると毎日ゲームセンターに通う生活を始めた。そして、15歳で国内大会優勝、17歳で世界大会優勝を果たした。22歳で一度ゲームの世界を離れたものの、2008年に復帰。アメリカの企業と契約を結び、日本人初のプロゲーマーとなったパイオニアだ。 ――プロゲーマーに憧れる子どもたちが増えました。このことについて梅原さんはどう思っていますか。 梅原大吾: ゲームとはいえ、競技となったらスポーツと一緒。常にレベルの高いところに自らの身を置いて、情報を収集して、自分が思いつく限りの訓練をしないと勝てないし、職業として成り立ちません。「楽そうだからやりたい」という理由で目指すのだとしたら、やめたほうがいいですね。 プロゲーム界は、競技として洗練されてきています。しかし競技のルールは固定されていませんので、これからもっと厳しい世界になっていくと思います。「今、このゲームが流行っているから、やり込んでプロになろう」と思っても、そのゲームを制覇できたときには既にそのゲームは世の中で廃れていた、というリスクもあります。一攫千金もあり得る世界ですが、場合によっては目指していたものが消える世界でもあるんです。
家族に「好き」を否定されなかった
――子どもにゲームをさせたくないという親御さんも少なくありません。梅原さんのご両親は、梅原さんがゲームをすることに何か言いませんでしたか? 梅原大吾: 両親から「ゲームをやるな」とか「ゲームセンターに行くな」と言われたことは、実は一度もないんです。 僕のおじいさんが将棋と日本舞踊が好きで得意だったらしく、本当はその道で食べていきたかったらしいのですが、ひいおじいさんに「そんなもので食えるわけがない、まともに働け」と否定されてその道をあきらめたそうです。そして、父も、剣道と哲学が好きで得意だったんですが、おじいさんから同じことを言われてあきらめているんですよね。父は就職して安定した生活を手に入れたけど、好きなことをあきらめたことに対して心に引っかかる思いがあったようで。だから、両親とも「自分の子どもの好きなことを、否定しないようにしよう」と決めていたそうです。 この考えが正しいかどうかは、正直わかりません。僕は否定されずのびのびゲームに打ち込むことができましたが、その途中で自尊心がズタボロになるくらい道を踏み外した経験もしました。 でも、家族に自分の人生を否定されなかったから、僕はプロゲーマーになれた。みんなが考えつきもしなかったことをなし得ることができた。そこを踏まえて、親御さんにはぜひ子どもの本気度と才能に向き合ってほしいなと思います。