「空想旅行案内人 ジャン=ミッシェル・フォロン」(東京ステーションギャラリー)レポート。フォロンが案内する空想旅行を通じて、おもいおもいのストーリーを体験する展覧会
空想旅行の登場人物たち―リトル・ハット・マン
幼い頃から絵を描くことが大好きだったというフォロン。学生時代に建築や工業デザインを学んでいた彼は、ベルギーの海辺の街・クノックのカジノにあるルネ・マグリットの壁画《魅せられた領域》(1953)と出会い、世界を再発見させてくれる存在としての絵画の可能性に魅せられる。 浅川いわく、この空想旅行のウォーミングアップの役割を果たすという「プロローグ」では、フォロンが初期に制作していたドローイングが展示される。日常に潜むちょっとしたズレや違和感を描いた作品は『ホライズン』『ザ・ニューヨーカー』『タイム』といったアメリカの雑誌に掲載され、これが彼のアーティスト活動のはじまりとなった。簡潔で生き生きとした線で描かれるフォロンのドローイングは、タイヤが風船になっていたり、電球・ハサミに足が生えていたりと、遊び心に満ちており、わたしたちの常識や先入観を軽やかに飛び越える。 そして、本展の冒頭から最後まで登場し、この旅の良き道連れでもある「リトル・ハット・マン」はフォロン作品において重要な位置をしめるモチーフのひとつだ。ぶかぶかのコートと帽子を身につけた彼は、ときにひとりぼっちで佇み、群衆となって現れ、ときにぜんまい仕掛けの人形のような存在として描かれる。何者でもなく何者でもなれる、匿名性と個人性をあわせ持った彼らは、見る者によってまた違った顔・ストーリーを見せてくれるはずだ。
多彩な表現を行き来するフォロン
ふたつめのセクション「あっち・こっち・どっち?」では、フォロンが多様なメディアを用いて制作を行っていた様子が伺える。彼の制作技法におけるヴァリエーションは、アーティストの繊細ですぐれた色彩感覚に裏付けされたものだ。巧みな色彩の組み合わせや、それぞれの画材に特有の発色・滲みなどを駆使することで、独自の世界観が立ち現れる。 このセクションの中で、とくにわたしが心をひかれたのは、シルクスクリーンという、インクを直接のせるように印刷する版画技法とアルミニウムの支持体を用いて制作された作品だ。アルミニウム特有の鈍い反射と、水彩とはまた異なるシルクスクリーンならではの彩度の高いカラーリングが画面に緊張感をもたらし、孤独や、人間らしさの喪失といったテーマが絶妙に表現されている。アルミニウムを使っているため、近づいて見ると作品の中にぼんやりとした自分の像が映り込み、フォロンが描いたテーマがより自分ごととして問いかけられていくような感覚がした。 また、このセクションではフォロンの代表的なモチーフのひとつ「矢印」をテーマにした作品も多く展示されている。方向や方角を示すものとして使われる矢印だが、フォロンの描く矢印は旅人を混乱させるかのようにあっちこっちへと伸びてゆく。複数の方向に向かって伸びる矢印の中にポツンと佇むリトル・ハット・マンは、先行きの見えない世界において呆然と立ち尽くすわたしたちの分身のようにも、矢印に翻弄されずに自由な方向へとすすんでいくことを後押ししてくれる存在にも感じられる。