昭和100年へ 信は力なりー京都工学院が継ぐ〝伏工精神〟 9大会ぶり伝説ジャージーが花園に帰ってくる!(後編)
■平尾誠二氏とは 1963(昭和38)年1月21日-2016(平成28)年10月20日。「ミスターラグビー」と呼ばれた名選手(SO、CTB)。京都市出身で、伏見工高3年時の81年に全国高校大会優勝。同志社大に進学し、大学選手権3連覇を達成。19歳4カ月の史上最年少(当時)で日本代表に選出され、卒業後は英国に留学。86年に神戸製鋼に入社し、88年から日本選手権7連覇(3連覇までは主将)。W杯には3大会連続出場(87、91、95年)し、91年は主将としてW杯初勝利に貢献。キャップ数は35。97年、史上最年少で日本代表監督に就任し、99年の第4回W杯を率いる。神戸製鋼GM兼総監督やW杯2019大会の組織委員会理事などを務めたが、胆管細胞がんのため53歳で死去した。現役時代は180センチ、80キロ。