真珠湾奇襲を描いた名作『トラ・トラ・トラ!』の意味深な場面「日本海軍の航空隊が超低空を飛ぶ」の真意とは?
(歴史ライター:西股 総生) ■ 「ワレ奇襲ニ成功セリ」 12月8日といえば、真珠湾攻撃の日である。1941(昭和16)年のこの日(現地時間7日朝)、日本海軍機動艦隊の航空母艦6隻から発進した攻撃隊は、ハワイ真珠湾に在泊していた米太平洋艦隊主力を奇襲して、大きな戦果を挙げた。 【写真】映画『トラ・トラ・トラ!』のいち場面 この真珠湾奇襲を描いた大作映画として、日米合作による『トラ・トラ・トラ!』がある。タイトルになった「トラ トラ トラ」とは、攻撃隊が真珠湾上空から発した電文「ワレ奇襲ニ成功セリ」の暗号符牒だ。 映画『トラ・トラ・トラ!』は、前半では開戦に至る日米双方の動向や駆け引きをスリリングに描き、後半は一転して大がかりな戦闘シーンとなるが、何せCGなんか影も形もない時代のこと。実物大に作られた戦艦「長門」や空母「赤城」のセットを使ったり、零戦・九七艦攻・九九艦爆に似せて改造した小型機を、日本空母に見立てた第2次大戦型の米空母から実際に発艦させるとか、その迫力たるやCG映画の比ではない。 といった具合に、見所満載の作品ではあるのだが、劇中の前半部にちょっと風変わりなシーンが出てくる。鹿児島の錦江湾で飛行訓練をする日本海軍の航空隊が超低空を飛ぶと、花街のお姐さんたちが黄色い喚声をあげて手を振る。それ見ていた釣りの老人が、「海軍さん、この頃たるんじょる…」と独りごちるのだ。 一見すると、何気ないエピソードに思えるが、実は真珠湾攻撃成功の秘密を暗示する、非常に意味深なシーンなのである。どういうことか。 まず、日本海軍は日米開戦が不可避となった場合、宣戦布告と同時に空母機動艦隊をもってハワイ真珠湾を奇襲攻撃する、という作戦計画を立てた。そのための訓練場所として選ばれたのが錦江湾であった。錦江湾は、真珠湾と地形が似ているからだ。 ここで、難題が持ちあがった。航空攻撃は、水平爆撃・雷撃(魚雷攻撃)・急降下爆撃のコンビネーションで行い、戦闘機隊がこれを援護するが、問題となったのは雷撃だ。雷撃機から投下された魚雷は、いったん深く沈み込んでから水面直下まで浮かび上がり、目標に向かって走る。 ところが、真珠湾は水深が浅いために、投下した魚雷が湾底に突き刺さってしまうのだ。そこで海軍では、魚雷が深く潜らないよう特殊な安定板を付ける研究を行う一方で、雷撃機隊には水面スレスレで飛びながら魚雷を投下する猛特訓を課した。前述のシーンで超低空を飛んでいるのは、この特訓を行っている雷撃機隊なのである。 一方、航空隊の搭乗員は訓練などで飛行機に乗ると、手当が付く。猛訓練を行えば手当てもたくさん付くから、休日ともなれば彼らは鹿児島の街に繰り出して、気前よく遊ぶ。花街の姐さんたちにしてみれば、彼らは上客だ。 海軍さんが景気よく遊んでいるという噂は、街の人たちの耳にも入る。けれども、どんな作戦のための何の訓練をしているのかは、もちろん極秘だ。ゆえに姐さんたちは、なじみの搭乗員たちが挨拶に来と思って手を振るし、何も知らない老人は、彼女らの歓心を買うために低空飛行をしている、と思ってしまったのだ。 結果として、魚雷の改造は真珠湾作戦発動のギリギリまでかかった。改造魚雷は空母「加賀」が受け取り、一足先に択捉島の単冠(ひとかっぷ)湾に集結していた他の空母に分配する、というバタバタぶりであった。 しかし、この魚雷は、特訓で練度の上がった日本の雷撃隊から投下され、真珠湾の底に突き刺ることなく、米戦艦群の艦体を引き裂いていったのである。
西股 総生