「バンザイができない」「骨折の怪我が1.5倍に増加」 子どもたちに起きている運動能力低下の実態
運動能力低下の背景には「家庭の経済格差」も
運動能力低下の傾向は、家庭格差も影響を及ぼしているらしい。 本書の取材で話を聞いた、発育発達学が専門の引原有輝(ひきはらゆうき)教授(千葉工業大)は言う。 「今の子どもは、運動ができる子と、そうでない子の差がかなり開いているように思います。できる子は昔の子よりずっとできるけど、できない子はずっとできない。中間層が減っているのです」 背景に、家庭の経済格差がある。 現在の親は忙しく、なかなか子どもを外へ遊びに連れて行けない。そうなると、習い事によってやらせるしかないが、かかる費用と労力は決して少なくない。 大都市で民間のスポーツクラブに通わせれば、1種目につき月1万円前後かかるのは普通だし、それ以外にも用具代や合宿代、さらには親による送迎も必要だ。今の日本で、それだけの経済力や時間を持っている家庭は決して多くはないだろう。 そうなれば、子どもたちの運動能力に歴然たる差が生まれるのは仕方のないことだ。甲子園で慶應義塾高校の野球部が優勝する一方で、低所得層が大半を占めるといわれている底辺校(教育困難校)では運動系の部活の存続すらままならなくなっている状況がそれを象徴している。 今の子どもたちの身体活動がどのような状況に陥っているのか。『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』では、先生方が普段は口にできないリアルが示されている。 この取材の最中、私は関東にある定時制高校の先生と子どもの身体能力の問題について話をした。その時、先生は、学校の運動系の部活が崩壊していることを嘆いて、次のように話していた。 「運動って体力をつけるためだけにやることじゃないんです。運動を通して仲間と切磋琢磨したり、力を合わせたりすることで、『向上心』『勇気』『優しさ』『自尊心』といったものを育んでいく。それがその子にとっての生きるためのベースとなる力になるのです。低所得だったり、困難な環境で育ったりした子ほど、うちのような学校に来て、そうした能力を育むチャンスを失っているのです」 これは非認知能力と呼ばれるものだ。 今の家庭や社会の環境が、子どもの身体能力だけでなく、人が前向きに生きていくために必要な非認知能力まで奪っているとしたら大きな問題だろう。 この状況の改善は、デジタル時代に育つ子どもたちのリアルな育ちを直視するところからしか始まらない。
石井光太(イシイ・コウタ) 1977(昭和52)年、東京生まれ。2021(令和3)年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。また『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。
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