「バンザイができない」「骨折の怪我が1.5倍に増加」 子どもたちに起きている運動能力低下の実態
アンケートでは、ほぼすべての先生が「昔に比べて子どもたちの運動能力が落ちている」と答えた。 どういう点で先生方はそれを痛感しているのだろうか。次は取材で明らかになった例の一部だ。 ・100メートル走でカーブを走って回ることができずに転んでしまう。 ・転倒時に手を突いて身を守れないので、顔面から倒れて大怪我をする。 ・四つん這いになって雑巾がけができない。 ・両手両足を交互に使えないので、行進や水泳のクロールができない。 ・キャッチボールでグローブをはめている手を動かさないのでボールが顔や胸にぶつかる。 私はこの実態を探るため、島根大学地域包括ケア教育研究センター講師の安部孝文氏に話を聞いた。同氏によれば、運動能力を測る指標の一つが「ソフトボール投げ」だという。ボール投げの動作は、全身を使って行い、日常ではやらないような動きが多いので、運動能力の差が顕著に表れるそうだ。 学校で行われるソフトボール投げの平均距離は、ここ十数年ずっと下がりつづけており、男子の場合は、13間年で約5メートルも短くなっている。
東海地方の小学校の先生は次のように話していた。 「クラスでボール投げをやらせると、男子でも8割くらいの子が“女の子投げ”をするのが普通です。投げる時に飛び跳ねるとか、なぜか真横に投げることもあります。あとは、右腕と右足を同時に前に出して投げようとして倒れ込む子もいますね」 冒頭のバンザイができないような子どもたちに、ソフトボール投げをやらせれば、こうなるのは想像に難くない。 とはいえ、これは簡単に済ましていいことではない。子どもたちの身体能力の低下は、重大な怪我につながっているのだ。先に骨折率の増加について見たが、現場の先生方はさらに別の角度から現状を指摘する。 関東の小学校の先生の証言である。 「20年くらい前までは、体育の授業で怪我をするといっても、せいぜい捻挫や打撲で済んだものです。でも、最近はちょっと走って転んだだけで、前十字靭帯断裂とか、アキレス腱断裂とか、頭蓋骨骨折といった大怪我が起こるようになりました。普段から体を使っていない子が多いので深刻なものになりがちなのです」 このため、一部の学校では体育の時間に、身体能力に不安のある子どもにはヘルメットや胸用のプロテクターをつけさせることまであるそうだ。 学校の運動会から組体操や騎馬戦だけでなく、リレーまで消えたといったニュースが流れることがある。学校側がリスクを避けるためには、やむを得ないのだろう。 子どもたちの運動能力は、なぜここまで低下したのか。 本書の取材で、保育園や幼稚園の先生にインタビューをしたところ、この問題は未就学児の時点からはじまっているという。園の中では次のような子どもが現れているそうだ。 ・しゃがめない(後ろ向きに倒れてしまう) ・体育座りができない(横向きに倒れてしまう) ・スキップができない 関東の保育園の先生は、根底にある問題をこう説明する。 「最近はハイハイができない子どもたちが増えているんです。ハイハイって片付いた広い部屋で、親がちゃんと見守りをしていなければできないですよね。家が狭い、親が忙しい、怪我が怖いとなると、ベビーチェアや車輪付きの歩行器にずっと座らせて、そこから一足飛びに歩かせます。本来、ハイハイって、体幹を鍛えたり、全身の筋肉をバランスよく鍛えるのに重要なことなのですが、それをしないばかりか、外遊びもものすごく減っているので、全身の筋力やバランスが均一に育たないのです」 一時代前まで子どもはハイハイするものだという常識があったが、今はそれが少しずつ崩れ始めているのだという。それが子どもたちのさまざまな身体能力の低下につながっているのだ。