アンチェロッティの監督哲学「選手とは人と人の関係築く」「押し付けるよりも納得させるべき」「馬をジャンプさせる方法は鞭か人参の二つだ」
レアル・マドリーのカルロ・アンチェロッティ監督が、自身の指導哲学やリーダーの在り方について語っている。 昨季にはラ・リーガとチャンピオンズリーグの二冠を達成したアンチェロッティ監督。戦術のほか、選手たちとの距離感の取り方や、モチベーション管理が非常に優れていると評されるフットボール界屈指の名将だ。 そんなイタリア人指揮官は7日、メキシコ人実業家カルロス・スリム氏の財団が開催したトークイベントに出席。その場で監督としての考え方、選手たちと築く関係性などについて語っている。 「監督の困難とは何か? 毎日、困難に出くわしている。監督業は大きな権力と責任のある仕事だ。私は何時に練習をするか、誰を起用するかなどを選択できる。が、結局そこにあるのは人と人の関係であり、それこそが最も大切なんだよ」 「私はたまに、選手に対して『君は誰だ?』と問いかける。「自分は選手です」と返されることになるが、そこで私は『違うね。君はフットボールをプレーしている人間だ』と言うんだよ。私はプロフェッショナルとしてだけでなく、人間個人のレベルで関係を築こうと試みている。そう試みているんだ。簡単なことではない。選手はいつだってプレーしたいものだからね。11人がプレーできても、残りの15人は試合を眺めていることになる。最も困難なのはそこだが、人と人の関係を築くことができれば、それがより良い仕事をする手助けとなるわけだ」 またリーダーというものがどうあるべきかを問われると、次のように返している。 「リーダーのあり方を説明するのはとても難しいが……、押し付けるよりも納得させる方がずっと大切なこととなる。リーダーは一緒に仕事をする人たちに対して、聞く耳を持つ力が必要だ。彼らはいつだって、自分の助けとなるアイデアをもたらしてくれる。“聞く”ということ、“上司である自分だけがすべて”と考えないことは大切だね。いつだって学びを得ることができるんだよ」 今季のレアル・マドリーにはFWキリアン・エンバペが加入。アンチェロッティ監督はエンバペをFWヴィニシウス・ジュニオール、FWロドリゴ、MFジュード・ベリンガムら、そのほかのスター選手と共存させなければならない。 「レアル・マドリーは非常に要求が厳しい。世界最高のクラブであるわけだからね。ここには最高の選手たちが揃っているが、彼らのクオリティーをクラブために使わなければならない。それこそが、私たちが毎シーズン挑戦していることとなる」 「今季にはキリアンやエンドリッキが加わったが、彼らは見事な適応を見せている。チームは素晴らしいシーズンを過ごすことができるだろう。勝つというのはとても難しいことであり、私たちの義務はすべての試合でしっかりと競い合うこととなる。決してあきらめず、最後まで競わなくてはならない。このユニフォームに袖を通すときにすべきことは、それなんだよ」 勝利と敗北については、どのように考えているのだろうか。 「敗北は悲しい瞬間だが、改善するためのチャンスの瞬間でもある。人生と同じように、立ち上がらなくてはいけない」 「一方で勝利は、本当の幸せではない。私は安堵のように捉えている。3日後には新たな試練があり、再び批判される可能性があるわけだからね。自己批判をできないときには、批判は鬱陶しく感じる。だが自己批判ができるとき、批判は瑣末なことになるんだ」 ビッグクラブの指揮官として大きな重圧を感じているであろうアンチェロッティ監督だが、それをポジティブに捉えているようだ。 「自分が何をすべきかについて、明確な考えが必要だ。アシスタントや選手の意見に耳を傾けること大切となる……。重圧がなく、ストレスも少ししかない人生など存在しない。過度なストレスはダメだが、少しのそれはガソリンとなるんだ。試合前に感情が動かなくなった日、私は活動を止めなくてはいけないだろう。試合前にはうまくいかないかもしれない、点を決められるかもしれないという不安やネガティブな感情が襲ってくるが、キックオフしてしまえばすべてが治まる。そうなってしまえば、落ち着きながら試合の状況を扱えるようになるね」 「試合の3~4時間前にはいつも大量の発汗があり、心拍数も高くなる。ネガティブな考えが次々に浮かんでくるんだよ。それこそが誰とも共有することのできない、“監督の孤独”、というやつだ。これは誰とも共有できない。家族も妻も私を支えてくれるが……、しかしこの苦しさは個人的なもので……私はうまく扱えていると思う」 「監督をやめる日はいつか? まだまだ指揮を執ると思う。フットボールに向けた炎が消えるまでは続けるつもりだ」 アンチェロッティ監督はレアル・マドリーの優勝セレモニーで、歌ったり、ポーズで葉巻を吸ったり、選手たちと踊ったりと、親しみやすい振る舞いを見せてきた。 「踊るのも歌うのも好きだ。家族や友人と良い時間を過ごせるのは素晴らしいね。歌うときは、そのタイミングが重要なんだよ。私はタイトルを勝ち取るときにしか歌わない」 「葉巻を吸ったのは人生で一度だけ。選手たちとパレードのバスに乗っていたときだけだ。葉巻は吸ったことは一度もなかったが、今、家はプレゼントの葉巻で一杯になっているよ(笑)。ガムについても同じだね。私がガムを噛むのは試合中だけだが、みんなプレゼントしてくれるんだ」 ベンチに座るアンチェロッティ監督が、ポジティブであろうと心がけているそうだが、常にそうあるのは難しいようだ。 「いつだってポジティブでなくてはならない。監督は選手たちと話をしなければいけないのだからね。ただ、私がいつも落ち着いているというのは真実ではない。私も稀ではあるが怒ることがある。そのときには怒り狂ったようになるね」 「馬をジャンプさせるためには、2つの方法がある。鞭を打つか、カロータ(イタリア語で人参の意)をあげるかだ。どちらもジャンプさせる方法であり、その内一つを選ばなくてはいけない。鞭を打てば振り落とされるかもしれないが、カロータをあげれば、私のことを助けてくれるんだよ」