奈良時代にもあったインスタント食品? 平城京の僧侶たちの意外な食生活とは―『古代寺院の食を再現する: 西大寺では何を食べていたのか』山崎一昭による書評
◆〈日本人と食〉への新たな視座 日本仏教の黎明期を彩る古代寺院で、僧侶たちはどのように暮らし、とりわけ何を食べていたのか。奈良・西大寺の食堂(じきどう)院跡で行われた発掘調査は、そうした根本的な問いに具体的な回答を与えてくれるものである。古代史・考古学・栄養学・科学分析の知見を総動員した共同研究が、寺院では魚肉を一切口にしなかったという定説に再考を迫り、〈日本人と食〉への新たな視座を提示する。 1300年近く前の平城京時代に造営された最後の官大寺である西大寺。そこで暮らす僧侶にとって、食事も修行であることは言を俟たない。その一般的なイメージは、魚肉を用いずに粥と少量の野菜で構成される質素な膳というものだろうか。廃絶後にゴミ捨て穴として使われた食堂院跡の大型井戸から出土した多種多様な遺物が、そうした先入観を根底から覆す。 マイワシの頭の骨やコイ科の椎骨、サケ科・ボラ科・アジ科・サバ属・タイ科・カサゴ亜目の骨…。同じ井戸から箸や皿・椀、植物性の食材に関する木簡、植物種実なども発見されていることから、平城京で日常的に食されていた魚を寺院でも時には消費していた可能性が高いと判断。漬物作りや薬用など植物性食材の個別の用途も追究し、再現実験からナシやモモ、カキやクリ等の食べ方も考察することで、古代の食生活を次々と明らかにしていく。 特に興味を引くのが、木簡に記された「飯」を、実際の米を使って調理した検証実験。米を蒸して乾燥させることで保存性を高めた「飯」を、「二度ゆで」することで柔らかい「ご飯」にして食べる方法は、現代のインスタント食品や非常食にも通じる発想であろう。古代人を身近に感じる読者も少なくないに違いない。 食事は生きることの根源的な営みであり、当時の人々が何をどのように食べていたかという問いかけは、その時代の生身の人間そのものに触れようとする営為に他ならない。西大寺という古代屈指の大寺院の台所から出現した様々な遺構や遺物は、教学研鑽や修行の実際を解明する仏教史研究の重要項目に「僧侶たちを育んだ食事」を加えるものである。 既刊『古代の食を再現する-みえてきた食事と生活習慣病』(同編者編)と併読すれば、古代史の理解と古代の人々への親しみがさらに深まるだろう。 [書き手] 山崎一昭(新聞記者) [書籍情報]『古代寺院の食を再現する: 西大寺では何を食べていたのか』 編集:三舟 隆之,馬場 基 / 出版社:吉川弘文館 / 発売日:2023年04月3日 / ISBN:4642046739 仏教タイムス 2023年5月18日掲載
吉川弘文館
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