世界遺産「知床」:安全確保と自然保護で揺れる-観光船沈没受けた基地局建設が中断
半島先端に携帯基地局、太陽光パネル
こうした要望を受けてまとめた国の計画によると、基地局は、観光客が集まる「知床五湖」、港や宿泊施設がある「ウトロ地区」、半島先端部分の「知床岬灯台」、半島先端部分に近い海岸の「ニカリウス地区」の4カ所に設置するとしている。環境省と総務省は国立公園内での事業を認可し、携帯電話通信事業者への補助金を決定した。 だが、今春、具体的な計画が明らかになると、懸念の声が強まっていく。 最も問題視されたのは、普段は人や車が入ることが難しい知床岬灯台の基地局だ。灯台に整備するアンテナの電源確保のために、サッカーコートほどの約7000平方メートルの敷地に、高さ3メートルの太陽光パネル264枚を設置する計画で、人工物設置には蓄電池、外枠フェンスも含め水平投影面積換算で計745平方メートルを使う。また、地中ケーブルを約2キロにわたって埋設するとした。
環境省は「安全性や利便性といった公益性と自然環境への影響を考慮し、設置は妥当だと判断した。海側からは太陽光パネルは見えず、景観にも影響はしないはずだと考えた」と説明する。 環境省など国の機関は地元の推進側協議会には説明をしたものの、自然保護団体や世界遺産地域の保護管理に助言を続けてきた有識者による「地域科学委員会」には事前に具体的な計画を説明してこなかったという。
「人工物いらない」署名4.7万筆
知床の世界遺産登録を進めた元町長で、斜里町民有志の会「知床の自然を愛する住民の会」の会長、午来昌(ごらい・さかえ)さんは、今年4月になって計画を知り、驚いた住民の一人だ。今、知床岬の基地局設置を再考するよう求める。 「世界遺産に登録された20年ほど前、これ以上の人工物は知床半島にはいらないと願った。知床の価値は、みんなの力で自然を残してきたこと、そのものにある。不便さはあるけれど、その中で不便さを感じながらも生きていこう、それを後世に伝えようと誓ったことを思い出さなければいけない」 「住民の会」は、24年5月から全国から4万7600筆集め、7月以降に斜里町や羅臼町、総務省、環境省、北海道、林野庁に提出した。知床半島の先端部分での基地局建設を止め、他の基地局の能力増強などで通信環境を改善すべきだという内容だ。知床岬の基地局には他にも日本自然保護協会や日本野鳥の会、世界自然保護基金(WWF)ジャパンなどが懸念を表明している。 こうした声を受け、斜里町の山内浩彰町長は5月末、「安全安心と自然・景観との両立」を改めて表明。知床岬の工事をいったん停止した上で、環境に影響がない他の基地局の整備を進め、電波の改善状況を見極めてから知床岬の整備方針を決定してはどうか、とする意見だ。山内町長は「携帯の電波は必要だが、自然保護の観点での懸念の声もあり、いったん立ち止まって良い方法を考えてもいい」と語る。