世界遺産「知床」:安全確保と自然保護で揺れる-観光船沈没受けた基地局建設が中断
調査不足指摘、工事再開見通せず
さらに、国の天然記念物であるオジロワシの繁殖に関する影響調査は期間が短すぎるとの指摘も出た。科学委員会は、6月上旬の会議で、工事をしばらく中断し、オジロワシの繁殖や植生への影響を再調査し、地元住民らとの協議を十分行うよう環境省に要望した。会議では、計画について十分な説明がされていなかった点も問題点として指摘した。 環境省は斜里町の指摘や科学委員会の要望を受け、オジロワシなど生態系への影響調査を改めて実施する方針を示した。住民らとの協議も改めて実施する方針で、現段階では基地局の工事はストップし、再開時期は見通せなくなった。
早期実現派も意見書
一方で早期実現を求める動きも活発化している。 地元漁協など12団体は6月、基地局の設置を進めるべきだとする意見書をまとめ、国などに送付した。この意見書には、これまでの国や自治体、携帯電話事業者と地元の関係団体による協議の場で、環境保護について「丁寧な協議を繰り返してきた」とし、「計画の見直しを求めることはありません」と記した。 意見書に賛同した、まちづくり団体事務局長の桜井あけみさんは、「知床は多くの人が訪れる場所なのに、携帯電話がつながらず、安全や利便性の面で課題がある。遊覧船の事故があってそれがより明確になった」と指摘。さらに「基地局の設置を望む声は漁業者や観光客など幅広い。環境に影響がさらに少ない手法が他にあれば良いが、現段階では太陽光発電を使って実現するのが最善だ。技術革新があれば太陽光パネルの規模を小さくするなどの対応を取ればよい」と話す。 さらに、知床半島の南半分を占める羅臼町は6月、環境への配慮は重要としながらも、「人命第一」として、基地局の早期完成を求めた。 知床半島は大正時代から一部で農地が切り開かれたり、砂防ダムがつくられたりした歴史がある。さらに戦後はリゾート開発の計画が浮上したこともあった。その後、1977年に全国から寄付を募ったナショナルトラスト運動「知床100平方メートル運動」などにより、地域は自然の復元に努めてきた。知床の自然は、住民たちが再生し、守り育てきたものであることも、基地局の建設積極派、慎重派それぞれの思いを複雑にしている。 世界自然遺産の条件であるOUVに影響する新規工事は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会への報告が定められている。だが環境省は、今回の工事は大規模ではないため、報告は不要と判断。報告はユネスコからの情報照会を受けた8月末になった。