芥川賞受賞作家で医師の朝比奈秋「生き延びるための手術に罪悪感をおぼえて。葛藤から自分を救済するために、物語が必要だった」
◆病院ではメガネとマスク姿 芥川賞の受賞会見で、「『書きたくないけど書いている』とはもう言いづらくなった」と語りました。これまで医療関係者には、僕が小説家であることはほとんどバレていなかったのですが、これだけニュースなどで扱われるとそうもいかなくなってきた。 そもそも人づきあいが苦手で、職場で目立つタイプでもない。しかも病院では、メガネとマスクではっきりと顔が認識されていない、という状況が好都合だったのですが……。(笑) 期待されたり、注目していただいたりすることは素直に嬉しいです。しかし、これからも執筆は自分のペースで。そもそも、悩みはありつつも医師という職業には満足していますし、やりがいもある。何事もなければ僕は今でも、常勤の医師として働き続けていたでしょう。 だけど、思い浮かんだら書いて消化しないとそのことばかり考えてしまう。書くことが唯一の忘れる方法なんです。物語と縁を切るために毎回書いている、と言ってもいいかもしれません。抵抗は諦めて、ひたすら書き続けるしかない、というのが現状です。 これからもどんどん物語が思いついてどうしようもなくなったら専業作家になるかもしれないし、逆にそれが止んだら、常勤の医師に戻るかもしれない。どちらになりたいとも今は考えてないです。 (構成=山田真理、撮影=本社・武田裕介)
朝比奈秋
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