「海を嫌いになることなんてできない」母になった“つなみの子” 10年後の決断 #知り続ける
「『なんでわざわざそこを買うんだ』と。もちろんその通りで、親が言うこともわかるんです。でも私としては、山側ではなく、やはり海の近くがよかったんです」 そう日向子さんが言うと、成海さんが後を継ぐ。 「山側は生活上不便なのと、豪雨で土砂崩れの可能性もある。だったら防潮堤もできたし、東日本大震災ほどの津波は僕らが生きているうちにはないんじゃないか。万が一来てしまったときには逃げればいいと思うようにしました」 海の近くに住む。それは日向子さんが作文に書いていた思いを体現するものだった。二人は当初の考え通り、その新居を購入した。そして、新居に住み始めて数カ月後、柊和ちゃんが誕生した。
その後の2年間は、無我夢中で柊和ちゃんを育ててきた。ただ今回、年明けの能登半島地震を見て、あらためて思うことがあったと日向子さんは言う。それは守られる側から守る側の立場になったという認識だ。 「いま自分が親になって初めて、ちゃんと子どもを守れるのかなと心配になったんです。13年前は自分が子どもで親に守ってもらう立場でした。親たちは私たちを抱えて生活をどうするとか大変だったと思う。地震や津波が来るとき、どうしたら子どもを守れるのか。能登半島地震を見ていて、強くそれを思います」
“だる絡みしてうざい” 社員寮の食堂での出会い
2月初旬の土曜、快晴の常磐道はがら空きだったが、高速をおりた一般道のコンビニは業者らでにぎわっていた。 福島県大熊町。福島第一原子力発電所があるこの町には、5年ほど前から住民が戻りつつある。先行して除染と再開発がなされた大川原地区では、役場や温浴施設などのほか、戸建て、集合住宅の復興公営住宅が建てられた。一帯には芝生や植栽が整えられ、小川も流れる。郊外の新興住宅地のような光景だ。
この地域に暮らすのが、鶴岡真知瑠さん(27)だ。昨春、鶴岡大輝さん(27)と結婚し、その秋に楓栞(ふうか)ちゃんを出産した。真知瑠さんは以前と比べて、ずいぶん落ち着いたように映った。そんな印象を伝えると、照れたように言う。 「自分で言うのもなんですけど、しっかりしてきたように思います。それがお母さんになった感覚なんですかね。子どもといると、前みたいにシッチャカメッチャカやってられないし、子どもの世話だけで一日が終わるみたいな状態になっていますね」 二人の出会いは大熊町にある東京電力の社員寮だ。寮には主に第一原発の廃炉作業に携わる社員が入る。2022年からこの寮の食堂で真知瑠さんが働いていたところ、大輝さんが転勤で入寮してきた。大輝さんは、彼女と出会って救われたと語った。