「私は田舎者だったから」USスチール買収を仕掛ける日本製鉄・橋本英二会長、挑み続ける経営者の原点 小学校まで靴を履いたことがなかった
日本製鉄が仕掛けた米鉄鋼大手・USスチールの買収案は、トランプ次期大統領をして「私なら即座に阻止する。絶対にだ」と言わしめ、経済安全保障上の争点にまでなっている。買収の審査が最終局面を迎えるなか、渦中の日鉄・橋本英二会長(69)が、ノンフィクション作家・広野真嗣氏の独占インタビューに応じた。(文中敬称略) 【写真】日本製鉄による買収支持を表明するUSスチール社の従業員
なぜチャレンジができなかったのか
物価が上がり始めた今、経済が再生できるかの分水嶺だ。ただ、昭和の成長とは異なり、人口も経済も縮小する局面だ。 成長できる者から先へ行かなければ衰退は加速する。日鉄のような再生が次々と叢生(そうせい)しなければ、若い働き手が結婚や子育てに希望を持つ未来は見えてこないのも確かだ。 「大企業は、組合も含めて、低成長の罠にはまりやすい」と語る橋本に、ではなぜ「橋本以前」はチャレンジができなかったかと尋ねると「そう聞くと意味がない」と笑った。「なぜ挑戦しなくても生き残れたか、ですよ」と切り返した。 「企業が配当の前に払うコストは大別して4つです。過去30年のデフレで、調達コストは努力しなくても下がったし、金利も低かった。人件費は賃上げをせずとも働き手は確保でき、その上、法人税も減税されていた。 要するに、リスクをとってチャレンジしなくても配当を払って生き残れたのに対し、私が社長になった時はもう、会社が沈む瀬戸際で、止むに止まれぬ状況でしたから」 危機から三段跳びに挑んだ橋本の「後」を描く経営者は現われるのか。
小学校までは靴も履いたことがなかった
成長に挑む思想をなぜ持てたか。さらに問うと、橋本は「私は田舎者だったから」と言う。熊本県南部の人吉・球磨地方は、南北の山塊によって隔絶された東西に長いクロワッサンの形の盆地だ。 生家があった肥後西村は市街地から外れた郡部で、幼い頃は水道や電気もろくに通っていなかった。ささやかな小売を営んだ両親は貧しく、小学校まで橋本は靴も履いたことがなかった。 「ここを出たい」とくすぶっていた中学時代、英語に打ち込んだ。胸に光を灯した中学教師の言を橋本が教えてくれた。 「これから英語が世界の公用語のようなものになると言われた。元はイギリス、今はアメリカという圧倒的に力の強い国の言葉をみんなが勉強するのは当然だろう、と。なるほどと思ったのね」 同じ中学から人吉市内唯一の県立高に進んだ親友、渋谷浩一が高校2年次に交換留学制度を使ってアメリカ・テキサスの石油会社の幹部の家に1年間ホームステイした。橋本は経済的な理由で断念せざるを得なかった。 渋谷は京大大学院の資源工学科から鉱山会社に就職するが、入社間もなく鉱山事故で亡くなった。橋本は「神様は残酷だなと思った」と言った。 人吉盆地から出てアメリカに夢を感じ、日本の基幹産業で道半ばとなった旧友。前後して重なるような道筋を歩んだ橋本の現在は、はるかその先を進む。天国の渋谷は、橋本の大義名分をどう見ているのか。
【関連記事】
- 【独占インタビュー第1回を読む→】日本製鉄・橋本英二会長「USスチールの買収チャレンジは日鉄の社会的使命」、社内の賛否両論を押し切った決断の経緯
- 日本製鉄・橋本英二会長が明かす“倒産寸前での社長指名”からの逆襲劇 業界騒然「トヨタに大幅値上げを認めさせた」交渉術
- 日本製鉄・橋本英二会長が語る“組合要求を超える異例の賃上げ”を決断した真意 元連合会長の「組合をバカにしている」批判への揺るぎない回答
- 《日本製鉄がUSスチールを買収提案》逆に日本企業が買収される可能性はないのか? 鉄鋼大手3社はいずれも米中の業界平均より“お買い得”水準
- ヤマトHD業績悪化の要因はAmazonとの取引か、物流2024年問題か? 元経営トップを連続直撃「上期はいつもダメですから」「社員を守ろうとしているのでは」