右目失明、リハビリ乗り越え夢のJリーガーに…「見えないことでスポーツをあきらめないで」
トレーニング中の事故で右目の視力を失ったサッカー選手の松本光平さん(35)が、今季からJ3リーグに初参入する高知ユナイテッドSC(高知U)へ入団した。左目の視力も0・01程度まで落ちたが、失明のハンデを乗り越え、「Jリーガーになる」という夢をかなえた。(平野和彦) 【写真】右目側からの衝撃に備えるトレーニング
海外に挑戦、試練が襲う
大阪市出身。セレッソ大阪、ガンバ大阪の下部組織でサイドバックとしてJリーグでのデビューを目指したが、トップチームには昇格できなかった。「外国で実績を残せば、Jクラブの目に留まる」と高校卒業後に海外へ渡り、欧州やオセアニアなどで10年以上プレー。着実に力をつけ、ニューカレドニアのチームに在籍した2019年には、世界の強豪が集うクラブワールドカップ(W杯)に出場した。
事故が起きたのは20年。ニュージーランド(NZ)の自宅でトレーニング中、ゴムチューブを留めていた金具が外れ、右目を直撃し、左目にもチューブが当たった。帰国後、手術を受けたが、右目は失明し、左の視力も低下した。医師に復帰を相談すると、「できるわけがない」と言われたが、「(運動することが)ダメでなければやりたい」と再起を決意した。
「今、恥をかかないと」
リハビリは過酷だった。公園で歩くところから始めたが、「乗り物酔いみたいに吐き気を催した」と何度もうずくまった。ボールはボヤッと見える程度。遠近感がつかめず、足の裏で止めることすらできなかった。初心者向けのフットサル教室でもミスばかりで、参加者にボールの止め方を教えられた。中学、高校の練習に加わっても足を引っ張った。それでも、「今、恥をかかないと大きな舞台に立った時、もっと恥をかく」と自らに言い聞かせた。
視力を補おうと、知人トレーナーの下で対象物を目で追ったり遠近感を養ったりした。筋トレで当たり負けしない体を作り、手を使って相手の動きを感じ取る技術も習得。フットサルで俊敏な対応力と細かいスキルを磨き、トップリーグでプレーできるまでになった。