“心を握る”職人──マンガ『将太の寿司』が伝えるすしの神髄と心意気
堀田 純司
日本を代表する料理「すし」は、回転すしなど庶民的なものから国賓を迎えるような高級店まで、さまざまな価格帯で広く日本人に愛されている。だが、共通するのは日本ならではの“おもてなし”の心。『将太の寿司』など数々のすしマンガが描いてきた職人の世界を読み解く。
伝統を受け継ぐ職人の世界
どの国にも、その国の風土と文化を象徴するような料理があるものだ。 日本においてそれは「すし」。シャリ(酢飯)を食べごろのサイズに握り、それに魚介類をトッピングする料理が、この国の風土を代表する料理だといっても異論は少ないだろう。 2014年に当時のオバマ米大統領が来日した際は、銀座のすし店「すきやばし次郎」でコースがふるまわれた。店主の小野二郎さんを追ったドキュメンタリー映画が製作されたこともある店だが、こうした国賓を迎える名店もある一方で、すしはもともと庶民のためのファストフード。気軽に食事できる回転すしも大人気だ。
広く親しまれる分野だけに、すしをテーマとするマンガも数多くつくられてきた。この記事ではすしの世界の神髄を、「すしマンガ」を通してお伝えしていきたい。 握りずしは18世紀の日本の首都「江戸」(現在の東京)で生まれた。この時代のすし職人を描いたマンガが、小川悦司作の『すしいち!』だ。 活気あふれる江戸の町。その江戸でも、豪華な店からはやりの屋台までがならぶ本所「寿司屋横丁」(現在の墨田区)が舞台だ。主人公は「菜の花寿司」のすし職人、鯛介(たいすけ)。 澄んだ目をした気分のいい男だが、腕はすごい。「疾風(しっぷう)の鯛介」の異名を持ち、寿司屋横丁の味番付(ランキング)でもトップクラスの「大関」を張り、堂々のチャンピオンとなっている。彼が握るのはすしだけではない。「人の心」までも握ってしまう。 もともと江戸が面する海は海産物が豊富で、新鮮な魚を首都に供給してきた。しかし、すしが誕生するにあたっては、一つの環境変化と、一つの調味料のイノベーションが契機になったという。 すしの花形ネタといえばマグロ。19世紀前半になって日本近海の潮流が変化したためか、マグロの漁獲量が急にあがる。もっとも、脂っこく保存しにくいマグロはあまり好まれず、もっぱら肥料として使われてきた。しかし関東で濃いしょうゆがつくられるようになると、その塩の力がマグロの保存手段として定着。しょうゆに漬けたマグロを酢飯に乗せて、握ったものがすしの原点となり、江戸の労働者の胃袋を支えていたのだそうだ。