トランプ・リスクを再点検:追加関税は戦後の自由貿易体制を崩し、世界大恐慌以来の保護主義蔓延のリスクも
トランプ勝利はドル高、は正しいか?
11月5日の米大統領選挙が近づく中、足もとでは民主党候補のハリス氏の失速傾向が見られ、共和党のトランプ候補勝利との見方がやや強まっている感もある。いずれにせよ選挙戦の行方はまだ見通せないが、金融市場は徐々にトランプ氏勝利の可能性を織り込み、いわゆる「トランプ・トレード」が生じているとされる。 「トランプ・トレード」の最大の特徴は、ドル高とされる。トランプ氏が打ち出す一律関税導入により国内物価が上昇し、それが米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げを妨げる、あるいは再利上げを引き起こし、ドル高圧力をもたらす、との解釈だ。 しかし、仮にそのような経済情勢になったとしても、それは悪い物価上昇、悪い金利上昇であり、持続的なドル高をもたらすものではないだろう。物価高自体もドル安要因となる。 追加関税の導入は国内物価を押し上げ、個人消費を悪化させる可能性がある。その結果、米国経済は景気悪化と物価上昇が併存するスタグフレーションの様相を強めるだろう。その場合、FRBは景気悪化と物価高の板挟みとなり、政策は立ち往生してしまう。そうした場合には、ドル安となるのが通例だ。
トランプ再選で米国GDPは2%以上減少も
エコノミストらは揃って、トランプ氏が掲げる一律追加関税が米国及び世界の経済に与える悪影響に警鐘を鳴らしている(コラム「ノーベル賞受賞の経済学者16人がトランプ再選に警鐘」、2024年7月3日、「トランプ再選で関税引き上げの応酬が起こると、世界GDPの6%相当の貿易が減少(IMF世界経済見通し)」、2024年10月23日、「トランプに騙されるな:ダドリーNY連銀前総裁の警鐘」、2024年10月25日)。 しかし金融市場は、トランプ氏が掲げる一律追加関税が米国及び世界の経済に与える悪影響を過小評価しているのではないか。トランプ政権一期でも中国を中心に追加関税を導入したが、深刻な経済の悪化が生じなかったという経験が、そうした楽観論の根拠になっている面があるだろう。しかしそれは誤解ではないか。 トランプ政権一期には中国だけではなく、日本も含めた多くの国からの鉄鋼・アルミ輸入に追加関税が課されたが、それは一部の製品に限られた。ところが今回は、中国からの輸入品には60%、条件次第では100%、他国からの輸入品には10%~20%の一律関税を課す、とトランプ氏は主張している。一部の製品への追加関税とすべての製品への一律関税とでは、経済的影響が全く異なる。 また、トランプ政権一期と比べて、中国経済の悪化はより明確となっており、米国経済自体も大幅な金融引き締めの影響で経済は潜在的に脆弱になっている可能性もあるだろう。 ちなみに、無党派の連邦機関・米国際貿易委員会(ITC)は、トランプ前政権が2018年に各国からの鉄鋼・アルミニウム輸入に関税を課したことの経済効果を試算している。それは、鉄鋼・アルミ価格をそれぞれ2.4%、1.6%上昇させた。これは米国内で生産された製品への需要を生み、米国メーカーの年間売上高を28億ドル増加させた。しかし一方で、鉄鋼・アルミを原材料にする国内企業への打撃はそれ以上に大きく、年間生産額は34億ドル減少したとしている。 またモルガン・スタンレーによると、中国に60%の関税、他のすべての国々に10%の関税を課した場合、それは消費者物価を0.9%上昇させ、それがGDPを累計で1.4%押し下げると試算している。さらに、トランプ氏が掲げる移民規制強化が打ち出され、移民の流入がほぼ停止する場合には、GDPは1年間で0.6%~0.7%程度低下する可能性が見込まれる。両者を合わせると米国のGDPは2%以上減少し、景気後退に陥ることになるだろう。