大相撲の師匠は「おやじ」、背中は永遠 ウルフの迫力と優しさ、猛牛の懐と気遣い…「父の日」を機に思う、師弟の絆の大切さ
長い歴史を誇る大相撲において、弟子を指導する師匠は古くから「おやじ」と呼ばれてきた。相撲部屋という同じ空間で暮らし、日々の稽古で相撲の技術はもちろん、角界のしきたりや礼儀など生活面の全てを教える。まさに父親代わりといえる存在だ。6月16日の「父の日」を機に、親子にも似た師弟関係に思いをはせてみた。(共同通信=田井弘幸) 【写真】河村たかし市長ら、あっさりと転がし…新関脇大の里
▽横綱が今日あるのは「おやじ」のおかげ 2024年4月に54歳で亡くなった元横綱曙の曙太郎さんは現役時代、行司の最高位である第28代木村庄之助(本名は後藤悟さん)から大相撲の歴史や土俵入りの意味合い、地位の重みなど、さまざまな薫陶を受けていた。 そんな“授業”に同席した関係者によると、毎回のように強調されたことは「横綱が今日あるのは『おやじ』のおかげです。おやじが元関脇だろうが、それ以下だろうが、横綱曙の師匠は東関親方なんです」。同じ米ハワイ出身の東関親方(元関脇高見山)の存在を忘れないことと、角界で連綿と続く師弟関係の濃さを説いたという。 ▽怖い「ウルフ」のさりげない優しさ 曙さんの訃報による取材の過程で、師匠と弟子の絆の大切さを再認識した。最近は高校や大学から入門する力士が増え、彼らにはアマチュア時代に教わった恩師が複数いる。ただ、いつの時代も大相撲の師匠が特別であることは変わらない。
元横綱千代の富士の先代九重親方は現役時代に度重なる肩の脱臼を克服し、小さな体によろいのような筋肉をつけて土俵に君臨。史上3位の優勝31度、昭和以降3位の53連勝など輝かしい記録を樹立した。「ウルフ」と呼ばれた愛称そのままに、射抜くような眼光鋭い目つきは恐ろしいほどのすごみにあふれていた。 一時代を築いた「小さな大横綱」は厳しい師匠でもあった。16歳で入門した九重親方(元大関千代大海)は「雲の上にいる神様。おやじなんて直接呼んだのは1、2度かな。それも酔っぱらっていた師匠に甘えて冗談で言ったくらい」と回想する。 九重親方は5歳で父親が他界しており、師匠はまさにおやじ代わりでもあった。自身の結婚披露宴で「私には3人の父親がいます。生まれた時の父、育ての父、そして師匠です」とあいさつしたという。「親方がいないところでは『おやじ』と言っていたかなあ」と懐かしそうに笑う。 見た目の怖さに隠された気遣いが、弟子の心を捉えて離さなかった。例えば九重親方がけがをした時は一目散に飛んできて「大丈夫だぞ」と慰め、肩の脱臼に耐えた自らの経験を踏まえてアフターケアを重視。「まずはゆっくり休めよ。そこから克服する稽古をしていこう」と言ってくれた。「絶対に怒られると思っていたからうれしかった。医師のどんな処方や薬よりも、師匠の言葉が効いた」と感慨に浸った。