第二子を望んでの不妊治療の日々。卵が採れなかったり、胚移植日と長女の保育園行事が重なったり
「どうして私は生まれてきたの?」と聞かれて
――「40歳で二児の母になりたい!」をかなえた今、毎日の育児はどうですか。 藤本 4歳の二女のおんぶやだっこがすごく大変です(笑)! 土日は午前と午後のそれぞれ2時間ずつ公園で遊び続けますし、保育園の帰りには絶対に公園に寄って30分くらい遊ぶのが定番コースです。小学生になった長女のスポーツ・トイにもつき合ったりして筋肉痛になるので、ストレッチを心がけたり、「子どもの遊びにつき合うのは自分の健康にもいいこと!」と思い込むようにしています。 これまでの育児で思い出深いのは、二女の出産後しばらくして、長女にかみつかれそうになってしまったときです。お姉ちゃんだからと我慢させていたわけではないのですが、二女を妊娠していたときにコロナ禍に突入したこともあって、入院中は会うことが難しかったし、出産後はおむつ替えや授乳でどうしても二女を優先しなければいけなくて…。そんなあれこれで不満が爆発したのだと思います。幸い、二女がよく寝てくれる子だったこともあって、それからはなるべく長女と一緒の時間を過ごすようにして、心のケアを図りました。それからは落ち着いてくれて、今では姉妹でたまにけんかもしながら仲よく過ごしています。 ――『不妊治療1800日~入院、闘病を経て39歳で二児の母になりました!~』でも触れられていましたが、将来娘さんたちに不妊治療の説明を求められたら、どのように答えますか。 藤本 最近になって長女は赤ちゃんが生まれてくることに興味を持っていて、「どうして私は生まれてきたの?」などと聞いてくるようになりました。その中で「ママとパパは赤ちゃんが欲しいなと思っていたけれどなかなか生まれてこなかったから、病院の先生に『赤ちゃんはどうしたら生まれますか? 』って相談に行ったんだよ」などと、なるべくていねいに説明しています。本人が理解しているのかはわからないですけど、「ふーん」と言っていて、そういうものなんだなと思っているようですね。 私の仕事部屋にある『不妊治療1800日~入院、闘病を経て39歳で二児の母になりました!~』をいつか読んで、子どもたちが「私は不妊治療で生まれたんだな」と改めて思う日がいつか来るかもしれません。そこで彼女たちがどんなことを思うのかはわかりません。でも、不妊治療で生まれてきたということ自体よりも、「あなたたちは、望まれて生まれてきたんだよ」という、私たち夫婦の思いは受け取ってほしいなと思っています。 お話/藤本ハルキさん 取材・文/武田純子、たまひよONLINE編集部 先が見えない不妊治療を、まわりの協力を得ながら5年間突き進んだ藤本さん夫婦の根底には「どのような結果になっても、後悔のないように」という思いがあったそう。常に夫婦で話し合って、そして綱渡りのスケジュールも夫婦連携でどうにか乗り越えられたと話してくれました。