緑黄色野菜に含まれる<β-カロテン>。夢の健康食品と謳われるもまさかの結果に米国では投与実験が中止に。専門家「抗酸化能が十分発揮される国はそもそもの栄養状態が…」
◆衝撃的な実験結果 こうしたなか、世界的な製薬メーカーがβ-カロテンの大量生産を行い、世界中で効果を証明するための大規模な投与実験が行われた。 結果を最初に発表したのはフィンランドの研究チームだった。3万5000人の喫煙者を二つのグループに分け、片方にはβ-カロテンを投与し、もう片方にはβ-カロテンと偽りプラセボ(偽薬)を投与した。当時すでに喫煙と肺がんの因果関係は明らかになっていたので、喫煙者を対象とした実験結果には大きな期待があった。 しかし人々は結果を見て驚いた。わずかではあるが明確な有意差をもってβ-カロテンを投与された人たちのほうに、肺がんおよび心筋梗塞になった人が多かったのである。 この最初の発表に対して、世界中のβ-カロテン研究者たちは何かの間違いではないかと疑ったのは無理からぬことであった。伊藤教授もフィンランドの報告はどこかに間違いがあると思いますよ、と反論していた。 この後、引き続いて発表された米国における5万人以上の規模の投与実験でも、同じ結果が出た。 米国では10年計画で行っていた投与実験を、倫理的な理由で中止した。 投与されたほうが明らかにがんになる人が多いと判明しているにもかかわらず、さらに駄目押しの実験を続けるのは人道にもとるという理由からであった。 ただ、中国で行われた実験のみがβ-カロテンを投与された人のほうが効果を示していた。
◆夢の健康食品β-カロテンの大規模実験がなぜ中止されたのか なぜ、フィンランドと米国の実験が期待に反した結果となったのであろうか? 今では次のように考えられている。 β-カロテンは病気の根源となる活性酸素を潰してくれる抗酸化能が高く、生体内の酸化を防ぐことでさまざまな効果を発揮している。ところが、その抗酸化物質は必要もないのに大量に存在すると、活性酸素を発生させるプロオキシダント(酸化促進剤)としての作用が出る。 栄養事情のよい欧米で行われた実験では、十分な栄養素をとれている対象者がβ-カロテンを摂取したので、下図のように活性酸素の発生源となって障害が発生したのである。一方、その当時欧米ほど栄養事情がよくなかった中国においては、抗酸化能が十分発揮され期待どおりの効果が確認されたと言われている。 以上の結果は、健康食品を考えるうえでかなり重要な要素である。まず、疫学調査からβ-カロテンという素晴らしい可能性のある物質の存在が浮かび上がってきた。それならと、ヒトや動物の細胞を使用してさまざまな角度から実験を行い、有用性が確認された。 そこで短期間に行った数々の実験のよい成果をもとに、長期にわたってヒトがβ-カロテンを摂取した場合に本当に有用かどうかの介入試験と呼ばれる実験が大規模に行われた。 そうしたところ予測外の結果が出た。β-カロテンの抗酸化作用がマイナスの結果として発現してしまった。以上がβ-カロテン問題の顛末である。現時点ではなぜ効果が得られなかったのかその原因が判明しているが、投与する前には予測が困難だったということである。 ※本稿は、『健康食品で死んではいけない』(講談社)の一部を再編集したものです。
長村洋一
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