「言うべきか言わざるべきか」今も娘に隠す“正体”──髭男爵・山田ルイ53世の葛藤
さらに、帰宅したクラスメートたちが保護者に、「○○ちゃん(筆者の長女)のパパ、ひげだんしゃくなんだって!」とご注進に及ぶだろうことは確実。 「えっ、そうなの!? あ一、あの一発屋の?」 「“いっぱつや”ってなーにー?」 ……これにて、「Q.E.D.」、つまりは“終わり”である。 翌日、「お前の母ちゃんでーべーそー!」ならぬ、「お前のパーパは、いっぱつやー!」とはやし立てられるわ、給食当番の悪ガキに、「あれ? ○○ちゃんって貴族でしょ? おかず、キャビアじゃなくていいの!?」とイジられるわ……いや、バカな親の行き過ぎた妄想かもしれぬが、可能性がゼロとは言えぬ以上、二の足を踏んでしまうのだ。
子供の社会にもある「負け」や「失敗」
そんな筆者の訴えにも、「でも、お父さんが“ひげだんしゃく”だっていうことをお嬢さんが嫌かどうかわからないですよね?」とあくまで冷静な関谷医師。 いやいや、確かにそれはそうだが、少なくとも、「やったー!」と飛び跳ねることはないだろう。いくらなんでも気休めが過ぎる。正直釈然としないが、続く、親の職業に起因する子供の「いじめ」についてのお話はうなずく部分が多かった。 「親それぞれに考え方があるので、これが絶対に正しいと言うつもりはありませんが、子供の社会でも、負けや失敗はあると思うんです。かけっこでビリだったとか、友達に『かわいくないね』『下手だね』って嫌なことを言われるとか。そういうことを、親が全て取り除いてあげるって難しい。それに、親子でちゃんとした関係を築けていれば、子供が親の悪口を人から聞いたとしても、『何言ってるの? うちのパパはこんなに素敵なんだから!』と思ってくれるんじゃないでしょうか」 ……久しぶりに、肩の荷が下りたような気分に浸る筆者。いや、ありがたい。では仮に、事実を打ち明けるとして、これまで自分の仕事を偽ってきた弊害はあるのだろうか。
「たとえば、お嬢さんの気持ちがものすごく暗くなってしまって、死をほのめかすようなことがあれば、専門医にご相談いただくなど対策を考えなきゃいけないと思います。でも両親との関係が良好であれば、何の問題もないと思いますよ」 (……セーフ!!) 思わぬ免罪符、いや、恩赦である。取り返しがつかぬわけでもなさそうだと、ホッと胸をなで下ろしたのもつかの間、 「ただ子供たちも“身体の成長と心のバランスが保てていて精神的に安定している時期”というのがあります」 この関谷医師の一言で、何やら雲行きが怪しくなってきた。 「子供によって差はありますが、だいたい小3~4ぐらい。小5くらいからは“前思春期”といって、ちょっと難しい年頃に入っていく。何か隠し事があって、話しておくのであればその頃がいい学年だと思います」 (じゃあ、今ってことでは!?) 長女はただいま小3……あまりの不意打ちに、筆者の精神的な安定は急速に失われていく。知らぬ間に、“そのとき”は訪れていたのだ。 いや、急にそんなことを言われてもと、改めて、わが「隠し事」の経緯をつまびらかに説明し、いかにカミングアウトが困難か猛アピールするも、「言っちゃっていいんじゃないですか?」とどこ吹く風の関谷医師。 ……あんまりである。 いったい、筆者の9年間の苦労をなんだと思っているのか。 専門家なら、もう少し持って回ったしゃべりで、発言のありがたみを割り増ししてほしいところだが、「ハッキリ言うと、お嬢さん、わかってるんじゃないですか? 子供ってバカじゃないです。相当チェックしてると思うんです」とのご指摘には、思い当たる節があった。 あれは、長女が小学校に上がったころ。 その日も、「パパって、ルネサーンの人でしょ?」と長女に詰め寄られ、「違うよ?」と絞り出すも、「いや、ぜったいそうだよー!」と妙に自信満々。「だってさー……」とニヤつく娘に背筋が凍る。 「パパがおしごとにいくと、シルクハットがひとつへるもん!」