「香川や高知には行かないでください」というメッセージに…四国の観光PRが抱える「思いがけない問題点」
2023年には訪日外国人(インバウンド)数が2506万人、消費額で5兆2923億円に達したインバウンド観光。2024年は8月現在、2023年を上回るペースでインバウンド数と消費額は推移しており、今後も継続的に増加していくと見込まれている。 【写真】「日本の自然観光」が世界におくれを取る「原因となっているもの」 一方で、インバウンドは大都市圏などに集中しており、オーバーツーリズム(観光客の過度の増加による公害)や地域格差も問題になっている。 それらの解決方法の一つとして、観光客の量よりも質を重視する富裕層観光が注目されつつある。 旅行作家の山口由美氏は2024年4月に『世界の富裕層は旅に何を求めているか』を上梓し、富裕層観光の中でも、自然観光と自然保護を両立する「意識高い系ラグジュアリー観光」が世界的なトレンドになっていることを詳述した。 星野リゾート代表取締役会長の星野佳路氏は、観光をテーマとしたNHK『日曜討論』(6月23日放映)内で、「オーバーツーリズムの解消法は自然観光に力を入れること」と発言し、自然観光の重要性を訴えている。 日本の自然観光の可能性と問題点について、星のや富士で行われた二人の対談をお届けする。 前編記事<「ヒグマ」は猟友会に駆除のお願いをするもの…「日本の自然観光」が世界におくれを取る「原因となっているもの」>より続く
クマの数を数えることと生態系の保護
星野日本の自然観光の現在の問題としては、国や法律の問題で、民間企業ができることがかなり狭まってしまっているということだと思います。 山口ウガンダの場合は、マウンテンゴリラの観光は国の財政の大きな柱で、一番の高額紙幣にゴリラが描かれているほどなので、かなり状況が違いますね。 星野ゴリラが渋沢栄一のような存在なんですね(笑)。それはだいぶ違いますね。 過剰な安全、過剰な自然保護、それから研究者の不足。学べる場所を増やさなければいけないし、卒業後に活躍できる場を増やしていかないと、自然観光は育たちません。 いまだに、バックカントリースキーで雪崩などに巻き込まれて、消防隊などが出動すると、ネット上などで非難されることがあります。ただ、誰でも山の中を好きにスキーする権利はあって、バックカントリースキーが盛んな海外では、山岳救助隊も発達している。山に行った人を非難することはないわけです。 山登りも同様です。夏に富士山に登っていても誰も非難しませんが、冬の場合はかなりバッシングを受けやすい。 山口解決方法はあるのでしょうか。 星野色々なことを同時並行的にやっていく必要があるかと思います。 まず一番は、国が自然観光を強くするんだという目標を明確にすること。日本は文化も強いので、もちろん文化観光はうまくいっている。けれども、同時に日本は北海道から沖縄まで、豊かで多様な自然がこれだけあるわけですから、自然観光のポテンシャルは非常に高い。観光業界ではインバウンドが注目されていますが、日本人にとっても、自然観光は日本の魅力を再発見できるような観光になると思います。 そういう自然観光を強くしようという目標ができれば、それに対して適切な法体系はどういうものか、ガイドの育成はどうあるべきか、観光が自然破壊になるという意見に対して、客観的な研究を行う研究者に協力してもらう必要があるのではないか、などと議論ができるようになります。 現状、イリオモテヤマネコが観光によって増えているのか減っているのか。自然破壊になっているのか自然保護になっているのか、それすらもわからないわけですよね。 自然に興味のある若い人たちにとっても、それが将来的に仕事になるようになれば、そういったことを大学で学ぼうという人も増えるし、大学も専門的な学部を創設する動きが出てくるかと思います。 山口ピッキオではツキノワグマのコントロールをされていますよね。 星野ツキノワグマの保護管理は本気でやっています。軽井沢では別荘や住宅が増え、ツキノワグマの生息地と住宅が重なるところが大きくなってきたけれども、これまで住宅街に出てくるツキノワグマは射殺しており、すごく問題があると思っていました。 町と県に協力してもらって続けている事業なのですが、ツキノワグマが住宅地に出てこないように様々な取り組みを行っています。事故もなく、現在ではツキノワグマが住宅街に出没することはほとんどなくなっています。 ツキノワグマが出てくる大きな原因の一つが、ゴミ箱なんです。住む人たちが出すゴミを置いておくゴミ箱の設計を変えたのですが、これも大きかったです。 クマでは開けられない、臭いも漏れないものにしたのですが、おばあちゃんから「私も開けられない」というクレームをいただいたこともありました(笑)。 山口軽井沢での試みは、ツキノワグマの被害が大きい東北でも活用できるといいですよね。ところで、日本国内でのツキノワグマの生息数は増えているのか、減っているのか、調査はされているのでしょうか。 星野ツキノワグマは四国では孤立した地域だけに生息していて、遺伝子の多様性が失われるため、絶滅の可能性がかなり高まっている状態です。九州では何十年前かに最後の一頭が目撃されて以来、見つかっておらず、国が絶滅宣言をそろそろ出すか検討をしているところです。 中国地方はいくつかの県が協力して推定頭数を調査したりしています。 では岐阜以東、ツキノワグマが多く生息する地域でその数が増えているのか減っているのか、という調査はないのです。 山口ゴリラは正確に数が把握されているのに、イリオモテヤマネコはわからない、というのと同じ問題ですね。 星野結局、数が把握できていないので、クマを撃つことが本当に正しいのか、絶滅の問題があるとして、何頭までなら許容できるのか、ということがわからないのです。 山口これだけの豊かな自然を持つ国として、野生動物の生息数もわからないというのは、ちょっと意識が遅れているように感じますね。 星野インバウンドの数は一生懸命数えていますが、クマの数は数える仕組みがないだけなのかもしれない(笑)。 ただ、クマの数を数えないと、クマを撃ち殺すというやり方が自然の生態系のバランスにどう影響を与えるのかがわかりません。最近ではSDGsでも「生物の多様性」といっているわけで、自然環境が注目されて、観光を強化しようという際には不可欠な視点だと思います。 大事なことは、東日本のクマは、生物多様性の観点から生息域が十分なのかどうか。それから、個体数は伸びているのか、減っているのか。その上で、人間が暮らす場所とクマの生息域が接する場所で、クマが過剰に増えているのならば、年間何頭クマを減らそうというロジックを作ることだと思います。 今は、クマが出てくると各自治体の責任問題になってしまうので、撃ち殺すという選択になってしまっているのではないかと思います。