「たくさんの人が通り過ぎていった」 雨の夜、高校生に救われた全盲の猫
「事故に遭った猫がいる!」
あの日、2022年11月4日。夜になっても雨はやまなかった。ケイコさんのスマホが鳴る。高校2年の次男からだ。陸上の部活動をしていて、その日は学校帰りに寄るところがあると言っていた。 「お母さん、猫が交通事故に遭ったようなんだけど」 車で20分ほどのバス通りにケイコさんが急ぎ向かうと、道ばたで次男がしゃがみこんでいる。その腕のなかには、上着に包まれた血だらけの猫。ケイコさんは、ぐったりした猫を車内に入れ、近くの獣医に片っ端から電話をかける。 「お金、大丈夫?」「うちではなく、他の病院へ」「かなりかかりますよ」 どこもお金のことしか言わず、すぐ連れてきてと言ってくれない。至近ではないが、実家近くの顔なじ みの獣医さんがすぐ診てくれることになった。 向かう車内で次男がぽつりと言う。 「人間は救急車を呼べるのに」「たくさんの人が、足も止めず通り過ぎていった」 猫は、あごが砕けてずれ、歯が折れ、口と目から出血していた。交通事故で顔面を強打したと思われ、目は光の反応のみ。生体反応に乏しく、死の淵にいた。 時間外の夜の診察室で、獣医師、ケイコさん、立ち会ったケイコさんの母、次男が診察後の瀕死の猫を取り囲んだ。 「気がつくと、おとなたち全員で、『この子、どうする?』とうつむいたままの次男に答えを求めていました。すると、次男は顔をあげて、言ったんです。『僕はこの子を助けたいだけなんだけど』って。ハッとしました。そうだ、『この子、どうする』ではない、助けることだけを考えよう」 ケイコさんはそのときのことをそう振り返る。 手術は困難とのことで、点滴と抗生剤投与をしてもらい、一日おきに通院することとなった。推定5歳くらいとのことだった。
見守り隊ができた!
獣医さんから借りたケージの隅で、猫は痛みに耐えてただうずくまっている。温めてやって「助かれ、助かれ!」と祈ることしかできない。次男は、ケージのそばで、ひと晩を明かした後、学校へ行った。 猫は、死の淵から引き返した。左目は開かず、右目は充血しているが、少しずつ眠るようになった。1日おきの通院は、見えない身にはどれほどの恐怖だろう、ケージの中で粗相をするが、それも生きてくれていればこそ。警察や保健所などにも届け出たが、飼い主は見つからなかった。 ケイコさん一家は、猫と暮らしたことがなかった。何の知識もなく、無我夢中で重症の猫のお世話を始めたのだった。ケイコさんは保護直後からX(当時はツイッター)で毎日発信を始めた。飼い猫だったのなら、どうか飼い主の目に届くようにと。 飼い主が見つかったときには、この子はこんな風に事故後を過ごしていたということも伝えたくて毎日発信を続けた。 トイレのこと、投薬のこと、食事の摂らせ方......寄せられるたくさんの親身なアドバイスを、ケイコさんは、みなノートに記し、役立てた。保護直後はとりあえず「ミケちゃん」と呼んでいたのだが、「来陽(こはる)」という希望に満ちた名を提案してくれたのも、フォロワーのひとりだった。その名を、危機を脱したときにつけた。 こはるの扱いは夫も含め家族共通理解が大切なので、壁には注意書きを貼った。家族がみな不在の折は、結婚している長男が帰ってきて参加してくれた。