「たくさんの人が通り過ぎていった」 雨の夜、高校生に救われた全盲の猫
一歩ずつ、できることが増えていく
飼い主が現れないまま3ヶ月がたって、こはるは正式にこの家の子になった。ケイコさんは、Xでの連日の発信を、折々の成長やエピソードを綴る「コハル通信」に切り替えた。寝てばかりだったのが、両目が開き、やがて、恐る恐る家の中を歩き回り、控えめに甘えるようになり、初めての抱っこもさせてくれたときのうれしさ、愛おしさ。 「お世話をするときはこはるの目が見えていないと思ってやり、話しかけるときは、少し見えていると思って話しかけています。次男は、すべて見えていると思って接してます」 去年の7月には、不妊手術も無事終えた。あごには穴が開いたままだし、可動域はやや広がったもののふつうの猫の半分以下なので、シリンジでの給餌・給水となる。10粒ほどのカリカリをお皿に載せ、「あと6粒だよ」「これでおしまい」などと話しかけながら、口の脇から入れてやる。噛まずとも猫はちゃんと消化でき、栄養になるのだ。 あごの穴を塞ぐ手術は、あごの開かないこはるにはとても難しい。手術の選択は、飼い主の判断となる。今のところ、ケイコさんたちは、こはるの自然治癒力を信じて、一歩一歩の回復を見守る様子見の方針をとっている。 自分で水を飲んでくれたことがあったり、できることは一つずつ確実に増えていく。つい最近は、カリカリを口に入れてやったとき、「カリッ」という音を初めて聞いた。報告するたび、見守り隊から喜びのコメントがたくさん寄せられる。
「大変だったかと問われれば、大変だったと答えるしかありません。でも、それ以上に、こはるはこんなにもしあわせな日々を私たちに運んできてくれました」 春から運動整体の専門学校に進学したお兄ちゃんは、妹に話しかける。 「こはる、これからも少しずつできることが増えていったらいいね。急がず、自分のペースでがんばればいいよ」 こはるも、お兄ちゃんが勉学に打ち込めるよう、日々協力している。お兄ちゃんが机に向かって勉強を始めたら、足の甲にあごを載せてくつろぎ、机からしばし離れさせない。骨の仕組みと動きの勉強に役立てようと、自分の手を差し出したりする。 こはるの周りは、春の陽光で満ちている。 きっとこはるには、家族の笑顔が見えている。
佐竹茉莉子