「懐に拳銃を忍び込ませ、車で銀座に向かった」“伝説のヤクザ”が力道山の殺害を計画…安藤組組長・安藤昇が起こした「力道山事件」の顛末
渡した手形が不渡りに
安藤も、東富士の誠意に免じて、力道山の命を狙うことをやめた。 安藤は、大塚に言った。 「手は引くが、条件がある。東富士を通じて、力道山に伝えておけ。今後、用心棒などいっさいやらぬ。悪酔いして、人に暴力はふるわぬこととな」 これで力道山事件は一件落着したかに見えた。 ところが、東富士に渡した手形が、不渡りになってしまった。大塚は思った。 〈東富士に、申しわけない〉 もし東富士の持ってきた50万円が、力道山から出たものなら、手形が不渡りになってもかまいはしなかった。が、おそらく、東富士の性格からして、50万円は、東富士が自分で用立てたにちがいなかった。 大塚は、東京湾から茨城県の鹿島に船で行った。不渡り手形を出した先は、鹿島の醤油屋であった。 大塚が醤油屋に乗り込むと、人のよさそうな赤ら顔の主人が出てきた。 大塚が凄むと、主人は泣いて弁解した。 「せがれが、ウチの手形を乱発してみなさんにめいわくをかけているんです。本当にすいません」 おやじと息子がグルで芝居を打っているようには見えない。 主人は、奥から20万円持ってきて、大塚に手渡した。 「これで、とりあえず許していただけませんでしょうか」 大塚も、主人の泣き顔を見ていると、それ以上執拗(しつよう)に迫ることはできない。 「わかった。20万円でいい」
両国にある東富士の家で面会し、事情を説明すると…
大塚は、東京に帰ると、東富士と両国の彼の家で会った。 東富士に事情を話し、20万円渡した。 「50万円は取れなかったが、せめて20万円は取ってきた。これだけで申しわけねえが、受け取ってくれ」 東富士は、20万円を返しながら言った。 「大塚さん、おれは50万円あんたに渡したんだから、一銭もいらないよ。この20万円、あんたの小遣いとして取っておいてくれ」 「いや、東富士、そうはいかない」 「大塚さん、鹿島への旅費だってかかっているんだから」 「東富士、そういわねえで、取っておいてくれ」 東富士は、結局20万円を受け取った。