日本に1つしかない「赤ちゃんポスト」 行政の支援で増やす必要はあるのか?
90カ所以上もあるドイツ
一方、海外ではゆりかごの設置が進んでいる。柏木恭典・千葉経済大短期大学部教授(教育学)によると、映画「ベイビー・ブローカー」にも登場した韓国のゆりかごは3カ所、アメリカではここ6年ほどで警察や消防署などに預けられる仕組みができた。ドイツに至っては90カ所以上もあり、スイスやオーストリア、ポーランド、ロシアなどにも存在する。 慈恵病院が参考にしたドイツは、ハンブルク市に捨てられた段ボール内に赤ちゃんの遺体があった事件をきっかけに、2000年に同市の幼稚園内に初めて設置された。名称は「ベビークラッペ(クラッペ=「扉」の意味)」で、民間の教育団体が運営する。 通りに面した入り口の階段を下り、扉を開けるとベッドがある。赤ちゃんを預け入れるとセンサーが作動し、職員が10分以内に駆けつける。赤ちゃんに命や健康上の問題があったときは提携する病院に運ぶ。 ベビークラッペの誕生はセンセーショナルに伝えられ、子どもの命を救う最終手段としてドイツ全土に広がっていった。幼稚園、病院、教会などが設置場所で、運営費はおもに寄付金でまかなわれる。これまでに少なくとも400人の子どもが預けられた。
赤ちゃんの出自を知る権利への批判はドイツでも起きたという。法学者たちによる激しい議論が展開され、2009年には政府の諮問機関である倫理審議会がベビークラッペの廃止を勧告した。代わりに2014年から内密出産制度が進められているが、ベビークラッペはいまだにグレーゾーンで、現在も90カ所以上で運営されているという。 ドイツでここまで広まった背景には、2つの歴史も関係していると柏木氏は言う。 「まず、女性の予期せぬ妊娠の問題は、200年以上前からヨーロッパでは議論されていました。そこから女性の権利を獲得する活動へとつながり、女性が匿名を望めば認めるべきだという社会の認識が早かった」 もうひとつは、ナチスドイツによる大虐殺の歴史への反省があるという。 「戦後、ドイツでは生命の尊厳が最優先事項になりました。1990年代には中絶に厳しい条件を設け、母体に宿った生命の保護を優先することになった。その結果として女性の権利に立脚した匿名出産、ベビークラッペ、内密出産ができたのです。赤ちゃんの出自を知る権利が大切であるということと同じくらい、女性の匿名性を尊重する考えがドイツ社会にあります」